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第三章
芝居 ※男色表現あり
しおりを挟む頭はぼうっとして、背中が痛い──。若旦那に蔽い被さる老人は、慈浪いわく「耄碌じじい」の雨士である。鹿島氏の総本家が受け継ぐ・天司という神社の神主で、千幸が先代の嫡子でないことを知る数少ない人物だ。いちどでも肌を合わせた相手を大事にする性格につき、大旦那は雨士の嗜好を利用して、十八歳の千幸を伴い、本家を訪ねた。
耳が熱る雨士は、蒼白い顔の若旦那の髪を撫でると、手慣れたようすで衿をひらき、千幸の胸に指を這わせた。そこへ、慈浪が緑茶を運んでくる。心を石にして雨士に身を捧げていた千幸は、落ちつきはらって躰を起こし、身装を整えた。余計な真似をして、雨士の機嫌を損ねてはならない。慈浪は、さる山の手の新情夫の話を持ちだし、雨士の好奇心をそそっておく。
「好うござんすか」
「結構なお点前だ。新右衛門よ、蛇の道は蛇ということかね」
「滅相もない。じゃまものは、これで消えますよ。……冷めないうちにどうぞ」
慈浪は、気の抜けたような顔で坐りなおす千幸を、ちらッと見、退室した。湯呑みを口に運ぶ雨士の気分は、もう削がれていた。慈浪の所為ではない。千幸は、かつての寂しさを持ち合わせていなかった。若旦那の心は、日々の暮らしで充たされている。あらゆる意味で、成長を遂げていた。
「自信を持たせてやりたかったのだが、どうやら無用のようだな。気の利かない男と二番手ほど、まぬけなものはないからのう」
雨士は笑い声になり、番頭のふるまいを高く評価した。なりゆきに身をまかせていた千幸は、なにをされても受けいれる。そうすることが、いちばんだと思っていた。自分の余計な感情こそ邪魔だった。
「繁盛しているようで、なにより」
「……恩に着ます」
千幸は苦心して笑みをつくり、慈浪が置いていった湯呑みを見つめた。胸がざわざわと騒ぐ。若旦那が本家に求めるものは、目こぼしなどではない。雨士の脅しに挑戦するくらいの心境は必要だが、芝居を見破られては本末転倒である。千幸は何事もなく話を終わらせると、雨士の帰りを見送った。
〘つづく〙
※お読みくださり、誠にありがとうございます。なかなか更新できず、申しわけございません……。
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