24 / 29
第二章
十四番
しおりを挟む三鏡には、連れがいた。人々の信仰対象として神棚に祀られていた現人神が、自ら神の坐を降りて、白骨化した姿で朽ちようとしているとき、地方の集落をめぐる天比古は、偶然見つけ、しゃべる骸骨に手を差しのべている。
それは、冷たい土の上で骨になっても、意識だけは鮮明にありつづけた。秋風が立ちはじめたころ、天比古は旅先で骨男を発見し、十四番と名付けた。
暗闇からでてこいよ
もう孤独で泣く必要はない
僕が、きみを鎮守しよう
……うるさい、目障りだ
無用の産物となって
消えゆくのか
……勘違いするな、若造
我は凋落などしておらぬ
すなわち、人間の願いは
聞き入れないと云うことか
……忌詞次第だ
それは、全身をふるい立たせ、ガシャッと起きあがる。十数年と長い時間をかけて骨格のみが残存する現人神は、白い骨の指で、天比古の胸もとを示した。
人間の願いは聞き飽きた
我に感情論は通用しない
若き天比古は、「ふうん」と息を吐くと、しばらく沈黙した。いくら捨て置かれたとはいえ、骨男は神格者である。説き伏せるには、相応の知識と高い験能力が必要だった。三鏡家は神道の一族につき、祝詞の類は身に備わっている。……天比古と十四番の出逢いは、果たして偶然だったのか。今となっては遠い日の記憶につき、どちらも深く考えなかった。
さて、朝から出版社へやってきた三鏡は、帝都あやし編集室の扉を軽く叩き、ひとり残された日和見と、投身事件について語り合った。
「ちょうど、桜木くんから取材時の紙片をあずかったところでね。そうか、天比古くんも蔵持へ赴いていたのかい」
「通りがかっただけです。蔵持の旅籠近くに溜池があって、四年ごとに心中騒ぎが続いているそうですね。客商売に悪影響だといって、溜池を埋め立てるよう町役場に嘆願書が届き、いざ男衆が集まったとき、晴れていた空が突如として激しい雷雨に変わり、結局、溜池を埋め立てたら神罰が下るという流言が広まって、今となっては誰も近寄らない場所らしいですよ」
「急な天候不良に見舞われるとは、自然を信仰する田舎の人々にとっては、さぞや一大事であったことだろう。……ふむ、ここに書いてある桜木くんの取材内容を読むかぎり、男と女の関係が複雑だったというよりは、遺恨があったように思えるがね。……弱者が成り上がるには、凄まじい努力が必要だったはず。ようやく手に入れた幸福な人生を、なぜ、自ら終わらせたのか。どうにも解せないんだよなぁ」
「業において、悟りを与えられた人間が、なにをもって善行となすか、実に興味深い分野ですが、見出しは、蔵持心中事件の謎、で決定でしょう。日和見さん」
背もたれに自重をあずける室長は、ほんの少し眉をひそめ、三鏡の後方へ視線を向けた。古びた書棚が見える。日和見に十四番の姿を目視することはできないが、三鏡と書棚のあいだに、なにかの気配を感じた。
「天比古くん、旅をするさいは落とし物に気をつけるんだよ」
日和見の忠告には、裏に意図がある。だが、三鏡は小さく笑みを浮かべ、編集室を退出した。すると、室内の空気がふわりと軽くなったような気がした。
〘つづく〙
10
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
蒼雷の艦隊
和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。
よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。
一九四二年、三月二日。
スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。
雷艦長、その名は「工藤俊作」。
身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。
これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。
これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。


世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる