22 / 29
第二章
三鏡という男
しおりを挟む「されども八十神、九十九、往々にして共にあらん……ってね」
和装のうえに二重まわしの外套(とんびコート)を合わせて歩く男は、肩より下までのびた黒髪を風にゆらしながら、出版社の階段をのぼっていく。折りたたんだ蝙蝠傘を片手に、呪文のような鼻歌を口ずさむ。
「人に寄る神は、国土の以為いにこそ、参上りつれ──」
捨てる神アレば拾う神あり。地方には数多の怪事件が散りばめられている。陽気な男は三鏡財閥の嫡男で、生まれたときから金には困らない日常を送っていた。したがって、出版社に足を運ぶ理由は、興味本位でしかなく、きまって、二階の南棟にある[帝都あやし]編集室にしか顔をださない。
一階の資料室へ向かう桜木は、誰がいつどこで最初に使い始めたのかわからない踊り場(階段の途中に設けられた、やや広くて平らな足休めの場所)で、蝙蝠傘の男とすれちがった。
「きみ」と声をかけられた桜木は、「おれのことですか」といって立ちどまる。目の高さは数センチほど三鏡のほうが上だが、相手は細身につき、桜木のほうが力持ちに見えた。
「あの、おれになにか……」
この春、帝都あやし編集室へ移動になった桜木は、ふらっとやってくる三鏡とは初対面につき、禁止令がだされた蝙蝠傘を持ち歩く男を警戒し、眉をひそめた。ところが、踊り場で向かいあうふたりを気にする従業員がいないため、目の前の人物は関係者だろうかと思いつつ、念のため「おはようございます」と、挨拶した。
「自分は雑誌担当の桜木と申します。そちらさまは、どの部署の御方ですか」
礼儀正しく自己紹介をする桜木は、年齢のわりに筋力の備わった体格をしており、実際の上背より、いくらか大きく見えた。三鏡の素性を知らない桜木は、無遠慮にまなざしを交わし、相手の整った顔だちに「きれいですね」などと、口がすべった。すぐさま失言だったと反省し、軽く頭をさげた。
「きみ、心中者の穢れをもらっているね」
「……え」
「最近、出張でもしたかい」
「は、はい。蔵持の旅籠へ取材に行きましたけど」
「蔵持……、数年前、流行病が猖獗をきわめた地方だね。そういう場所へ向かうときは、気をつけたほうがいい。さいわい、きみは純真のようだから、祟られずにすんだようだ。遠出のさいは、清め塩を持ち歩くといいよ」
「おれが、うぶに見えますか。これでもいちおう、社会人です」
「見た目ではなく、気持ちの問題さ。桜木くん、きみはまだ、恋をしたことがないね」
「な、なんですか、突然」
「失礼」
三鏡は青年の首筋へ顔を近づけると、ふぅっと、息を吐いた。その瞬間、すぅっと肩まわりが軽くなった気がする桜木は、「あなたは、いったい」と、たじろいだ。
「さあ、これでだいじょうぶ」
くすッと笑い、三鏡は名乗らずに去っていく。階段の踊り場に残された桜木は、しばらくぼんやりとしたが、受付の柱時計がボーンと鳴ると、資料室へ向かうため、階段を駆けおりた。いっぽう、帝都あやし編集室に顔をだした三鏡は、日和見室長と会話した。高尾は席を外している。
「そうか、天比古くんも、蔵持の心中事件を小耳に挟んだのかい」
「ええ。タレ目の男と、少し話をしました」
「ほう、桜木くんに逢ったのだね」
〘つづく〙
10
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
蒼雷の艦隊
和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。
よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。
一九四二年、三月二日。
スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。
雷艦長、その名は「工藤俊作」。
身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。
これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。
これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。


世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる