21 / 29
第二章
帝都あやし
しおりを挟む良妻賢母に基づく女性の立場は、まさに大任を有している。女性は家を治め、夫を助け、さらには子をりっぱに育てあげる役割があるという。
明治時代、カタカナまじりの漢文で、活版印刷にて編集された雑誌がいくつかある。この時期に編集責任者として[帝都あやし]を創刊した日和見は、部下の編集者たちと、次なる特集について、話し合っていた。
「人面魚なんて、どうかね。なんでも、易居寺の池に、人の顔をもつ鯉がいるとか、いないとか」
鼻筋に細ぶちの丸眼鏡をかけている日和見室長は、同社の情報紙を片手に、記事の提案をした。室長の机の横で「却下します」という青年は、わざとらしく深い溜め息を吐く。タレ目が特徴的で、物怖じしない性質の持ち主である。
「桜木くんの云うとおり、人面魚で世間の興味など引けやしませんよ」
姿勢を正して墨を磨る高尾は、年長者らしく室長にも堂々と意見した。藍紫の着物を身につけた、ざっと四十ばかりの男である。
「なんだい、桜木くんも高尾くんも、ずいぶんひねくれているね。いったい、どうしたと云うのだ」
日和見は前髪をゆらして椅子の背もたれに寄りかかり、つまらなそうな顔をした。硯に水滴の水をこぼす高尾は、ちらッと、窓へ視線を向けた。高尾のほうを見ていた桜木も、つられて窓をふり返る。明るい曇り空は、通り雨を予感させた。
まぶたを閉じて風の音を聞く日和見は、「ああ、そうだったね」と、なにかを思いだし、フッと笑った。
「室長、ぼんやりしている暇があるならば、代筆をお願いできますか。あ、これ、蔵持の旅籠を取材したときの紙片です」
「蔵持か……。たしか、旅籠の女将が客の男と水中に投身したという、心中事件だね」
「はい。なんでもその女将は、もともとは旅籠の下働きで、蔵持家とは縁もゆかりもない他人らしく、大旦那におもねって、息子の若治さんと夫婦になられたそうです」
試し書きをする高尾は、筆をもつ手を動かしながら、室長と桜木の会話に耳を傾けている。
「それはまた、たいそうな出世をした女中だね。しかしなぜ、その女将は客の男に惹かれたのだろうね。……若治の旦那は、余程の甲斐性なしだったのか、それとも逆に、愛人ばかり囲っていたのか」
「室長、朝から下手な勘ぐりはやめてください。断じて、そのように不埒な事件ではありません」
「では、どのような経緯があったのか、詳しく説明してみたまえ」
「ですから、こうして代筆をお願いしています。そちらの紙片に色々書いてありますから、ご自身で、おたしかめください」
桜木は資料室に用があるといって、帝都あやし編集室を退出した。あとに残された日和見は、机に置かれた紙片を手に取り、蔵持家の事情に目をとおした。ひろげた巻紙に筆を発す高尾は、いったん手をやすめて席を立ち、窓ぎわへ移動した。
雨がふっている。黒色の蝙蝠傘をさして歩く人影が、出版社の前で立ちどまった。高尾は、無意識に顔をしかめた。洋傘の着用を禁止する法令がある。傘をもつ姿が明治維新で禁止された、帯刀とまちがいやすいことが理由だ。法治国家である以上、庶民はしたがうしかない。だが、ときとして時代の常に逆らう者があらわれる。
〘つづく〙
10
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
蒼雷の艦隊
和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。
よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。
一九四二年、三月二日。
スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。
雷艦長、その名は「工藤俊作」。
身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。
これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。
これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。


世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる