三鏡草紙よろづ奇聞

み馬

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第一章

忌み詞(※微グロ)

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 悪心を呼び覚ましたのは、あの女のせいだ。見よ、あの物欲しげな目を。いかにもであろう。だから、れてやったのだ。……欲しがっていたのは、あの女のほうなんだ。淋しい淋しいと、向こうからすがってきたのだ。

「この女の人は、なにを欲しがっていたのでしょうか」
「なにってそりゃあ、男の逸物よ」
いちもつ、、、、とは……」
「なんだ、わからないのか。結坊には、まだ早すぎる内容だな」

 六畳間で春本の文字を読みあげて笑う奉公人たちは、まだ房事に興味をもたない結之丞へ、なんとも云われない微妙に複雑な表情を向けてくる。齢十三の結之丞は、蕎麦処で食べた天麩羅の味に、ときめきを覚えてやまないくらいがちょうど良い刺激だった。銭湯の混浴風呂で見た女の裸身はだかの件は、もう考えないようにしていた。

 薬種問屋へ奉公にあがり、ふた月半が経過したころ、藪入やぶいり前にもかかわらず、若旦那から休暇をもらって実家へ帰るものがいた。いつもより人の数が減り、六畳間が広く感じる結之丞は、早めに煎餅布団にくるまり、働きづめのからだを休めた。


 拾う神あれば 捨てる神あり
 まが以為おもいこそまいあがりつれ


 それはふしぎな夢だった。狩衣(貴族の平常服)のような恰好かっこうをした千幸かずゆきが、扇子を片手に軽やかに舞いながら、なにか難しいことばをとなえている。シャンシャンと鳴る鈴の音は、どこからともなく聞こえ、手足へ音色がまとわりつくような錯覚に惑わされた。

「若旦那さま」

 結之丞は、千幸に近づこうとして足を前へだそうとしたが、右も左も暗闇すぎて、これは夢だと承知していながら、ゾクッと寒気を感じた。

「若旦那さま」

 前方にいる千幸の姿だけは、はっきり見ることができるため、結之丞は相手のほうで自分の存在に気づいてもらいたくて、何度も呼びかけた。

「若旦那さま」

 暗闇の背後から、なにか得体の知れないものが出現し、気味の悪い息づかいが聞こえてくる。ふり返ってはいけないような気がして、なんとか千幸に助けを求めようと腕をのばした。


 八十神やそがみ、よろづ、現人神あらひとがみ
 国土くにつちありて鎮守せん


 千幸は倒れるようにその場へ膝まづくと、扇子を手放して深々と頭をさげた。いったいなんの儀式だろうと目を凝らす結之丞は、今更のように自身がぱだかであることにハッとして、思わず内股になる。すると、なにやらヌルッとした感触があり、おそるおそる下肢へ視線を落とした。ねじり紐のような長い管状のなにか、、、が、結之丞のへそから垂れさがっている。

「な、なに、これ……」

 途端とたんに、平静ではいられなくなった少年はうろたえたが、管状のそれは意思を持っているかのようにズルズルと体外へ排出され、びしゃっと、足もとに落ちた。見れば、白濁色粘液をまとった赤子が、ごろんと転がっており、結之丞と臍の緒がつながっていた。

「ぎゃーっ」

 と、無意識に叫び声をあげた少年は、六畳間ではなく坪庭で目が覚めた。夜中にふらふら出歩いたようで、足の裏はどろだらけだった。しかも、寝巻も脱いでいる。


「小僧、そこでなにやってる」


 とおりかかった番頭に見つかり、結之丞はあたふたと花壇へ身を隠した。不審に思った慈浪は、踏石の草履を引っかけて近づいてくる。時刻は早朝だというのに、番頭の身だしなみは完璧で、すでにひと仕事終えてきたようすだった。背中を丸める結之丞の尻を見ても驚かず、小さく溜め息を吐いた。

「さっさと着がえてこい」

 番頭はそう云うと、なにも追求せずに引き返した。


〘つづく〙
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