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愛 玩 人 体〔127〕
しおりを挟む健康診断には、さまざまな種類がある。現在の健康状態を調べ、病気の早期発見や予防につなげるための基本作業だが、エイジの場合、愛玩人体という立場上、消化器官の健康維持は必須だった。
(前にも腸内洗浄とかされたけど、なんつーか、検査内容が精神的にキツイんだよな……。しかも、担当医はバージルだし。それはそれで安心感はあるけど、やっぱ恥ずかしいと思うのが普通だろ……)
バージルに細胞レベルで身体機能を熟知されているエイジは、複雑な心境を隠せなかった。検査結果の数値に異常がなければ、とくに問題はない。たとえどこかに不具合が生じていても、外科医の資格をもつバージルならば、簡単に治してしまうだろうと思われた。
「……オレ、寝る」
エイジはそう短く告げると、気密容器ではなく仮眠室の簡易ベッドで横になった。愛玩服を脱いで裸身になると、頭から布団を被る。バージルは、しばらく仕事に集中していたが、時計の針が深夜をまわった頃、白衣の裾をひるがえし、エイジの枕もとへ歩み寄った。仮眠室の照明は、微灯に設定されていた。本来、寝相は悪くないエイジだが、布団が床に落ちている。バージルは、静かにエイジの胸に手のひらを添えると、ドクンドクンという、心臓の拍動を直に捉えた。どこか顔色がいつもとちがう。暗がりであっても、些細な変化を見逃さないバージルは、エイジの肩を揺り動かす。
「……う……ん? ……なんだよ、バージル」
ぼんやり目を覚ましたエイジは、不意に吐き気がする。「うぐっ」と云って前かがみになると、バージルが背中を支えてくれた。
「気持ちが悪そうだな。何を食べた?」
「え? い、いつもどおりだけど……。あっ、昼間、ロイドが持ってきてくれたカップケーキを食べた……」
「焼き菓子か」
「う、うん……」
「他には?」
「……冷蔵庫にあるもの」
エイジの食事は決まった分量をバージルが冷蔵庫に補充しているため、食あたりは考えにくかった。ロイドが持参したカップケーキも、生食ではない。そこで医師は、研究室内の簡易キッチンへ移動すると、蛇口を捻り、水質を確かめた。わずかに不純物を発見し、すぐさま衛生キットで検査すると、水質汚染が認められた。バージルは通信ツールで社内報を確認する。すると、午前中に下水道工事が実施されていた。配管に問題があると確信したバージルは、エイジに抗生物質の注射を打つと、事務局へ向かった。エレベーターに乗り込んだ時、
「おい、セルジュ! 待ってくれ!」
と、三船の声が聞こえた。第2研究室でも水道水を飲んだユンクが腹痛の症状を引き起こしていた。
「そっちもか」
「ひょっとして、AZもか?」
「ああ。細菌感染症を治療する抗生物質を投与した」
「そうか……。おれたちはなんともないのに、どうしてあいつらだけ……」
「わたしはボトルのミネラルウォーターしか飲まないが、キミは研究室の水道水を口にするのか」
「そりゃ、普通に飲むだろう。まぁ、ユンクのほうが摂取量は多いだろうから、飲量の差異が原因かもしれんな」
ふたりの管理者は、エレベーター内で互いの現状を語り合う。白衣の肩を並べて立つ三船は、どうしてもバージルに訊ねたいことがあった。事務局への報告を済ませ、緊急を要する状況から脱した後、それぞれの研究室へ引き返す前に「セルジュ、少し話せないか?」と、声をかけた。
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