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愛 玩 人 体〔108〕
しおりを挟むはじめから無理があることくらい、判っていた。愛玩人体の行動に自由はない。むしろ、管理者がバージルだからこそ、エイジはレインと数分ながら話をすることが赦されていた。
「バージル、ごめん。オレ、ちゃんと反省するから……」
素直に謝罪の言葉を述べようとしたが、バージルは無表情のまま左腕を軽くあげると、自らの手頸を右の人差し指で示した。
「……なんだよ、バージル。左手がどうかしたのか? ……あっ、もしかしてラベリングのこと?」
バージルは、その場から一歩も動かず、身振りで何かを報せた。どうやら、エイジの左手頸に三船が施術した3つの焼印には、まだ秘密があるようだ。エイジは袖を捲り、ラベリングの痕を眺めた。
(今更これがなんだってンだよ。……バージルは何が云いたいンだ?)
気密容器の底で目を覚ました時、すでに左手頸にはラベリングという不可解な処置が施されていた。医局の勝手な判断により、これまでの記憶を封印されてしまったエイジだが、要人Bやレインの働きかけにより、少しずつ己の過去に迫りつつある。
(……ショウゴは、オレが医局にくる前のこと、何も知らなそうだったよな。……色々と協力してくれたけど、そのせいで2号の計画に巻き込まれたのか? だとしたら、オレにも責任があるような……)
エイジは左手頸から顔をあげると、バージルのほうへ視線を向けた。いつの間にか、閉めた扉に背を預け、腕組みをして立っている。
(どうしてさっきから無言なんだ? ……そうとう怒ってる?)
エイジは気落ちしそうになったが、ようやくバージルが語りだした。
「……キミの脈拍は、外部の端末が常に受信している。つまり、生命活動としての心音を追うことができる限り、キミが逃亡を図ろうとも、ある程度の距離ならば追跡が可能となっている。……迷子の防止にもなるしな。便利だと思わないか」
「な、なにそれ? 初耳だけど!?」
衝撃の情報に思わず前のめりになると、バージルから「冗談だ」と、きっぱり否定された。
「……ほっ、本当に冗談だろうな? バージルが云うと、まるっきり嘘には聞こえないンだけど……」
エイジの不安は当然の反応につき、バージルは腕組みを解いて首を横に振った。
(そ、そうきたか……。なんだよクソッ! オレを驚かせて満足か? バージルめ!!)
冗談にしては後味が悪い。バージルなりにエイジの単独行動を懲らしめた結果だが、医局の高い技術を駆使すれば、不可能ではないと思えた。たじろぐエイジを見たバージルは、微かに目を細めると、「行くぞ」と云って把手に手をかける。
「ちょっと待ってくれ!!」
エイジは、反射的にバージルの上半身へしがみついた。背中に耳を押し当てると、ドクンドクンと、安定した搏動が聞こえてくる。バージルの心音は、理想を告げる言葉より、耳に快く響いた。仕事としてエイジを支える医師の存在こそ、探求への意欲を鼓舞する幻像なのかもしれない。互いに親近でありながら、手に入りそうにないものにエイジの心は揺らぎ続けている。内在する理性こそ真実なのだ。
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