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愛 玩 人 体〔88〕
しおりを挟むエイジは休みの日でも、腕時計を嵌めていた。以前、バージルから奪い取ったものである。
(返すタイミングを逃したとも……)
ロイドは何度目かに訪ねた時、少年の腕時計に目をとめた。
「それは、もしかして教授のものでは?」
「これか? そうだよ。バージルからもらったンだ」
エイジは自慢げに、腕を持ちあげて見せた。ふたりは研究室の中央テーブルへ並んで座り、いつものように世間話を始めた。
「素敵な腕時計ですね」
「だろ? 色もブルーメタリックでかっこいいし、けっこう気に入ってるンだ」
もとより、バージルの私物を譲り受けたことが嬉しいエイジは、できるだけ腕時計を嵌めるようにしていた。ただし、愛玩人体の仕事場(ベッドルーム)へ向かう時は、身につけない。利用客の前で余計なものは、いっさい身につけられなかった。
(ヤるときは、基本的に素っ裸だもんな……)
医師は作業デスクで書類を整理すると、「少し席を外す」と云って研究室を出た。エイジは「いってらっしゃい」とバージルの背中を見送り、傍らのロイドを振り向いた。
「なぁ、ロイド。質問があるンだけど」
「なんですか?」
「レインさんのことだけどさ……」
「マレインさんが、どうかしましたか」
エイジは頬を指でぽりぽりかき、口ごもる。自分から切り出しておきながら、うまく説明できない。レインに好きだと告白されてから、ずいぶん日数が経っている。あれからどう過ごしているのか、気になっていた。返答に迷っていると、ロイドから最近の情報を提供された。
「マレインさんでしたら、挙式の準備で忙しいみたいですね」
「うん? きょしきって?」
「結婚式のことです。婚約者のルデナさんが妊娠されたので、急遽、来月に式をあげるそうです」
「レインさん、結婚するの!?」
しかも、相手の女性が妊娠中とは驚きだ。いつかまた、愛玩人体を予約するのではないかと思っていたエイジは、唖然となる。
(な、なんだよ、レインさん……。オレのことなんかサッパリ忘れて、婚約者と幸せに暮らすンだ……?)
レインの将来を考えれば、祝福すべき事柄につき、エイジは「めでたいな」と、口先だけの感想を述べた。レインの気持ちを拒んでおきながら、複雑な心境になる。愛玩人体の役目は相手の欲望を満たすことであり、なにも、愛情をしめす必要はない。むしろ、感情を割り切らなければ務まらない職種である。断じて、利用者に同情したり、共感を得ることはしない。エイジなりに行き着いた結論につき、レインとの特別な関係も、とっくに割り切ったつもりだった。
(変だな。素直によろこべない……)
何度も寝台の上で抱き合った若者につき、エイジは寂しい気持ちになった。おそらく、もう二度と、レインはエイジを抱くことはないだろう。たとえ既婚者でも、愛玩人体の利用資格はある。実際、要人Bやマキイル(レオンとレイン兄弟の実父)がそうであるように、料金さえ払えば問題なかった。だが、新婚の立場でそれは難しいと思われた。
エイジが沈黙していると、事情を知らないロイドから「お祝いの品を一緒に考えましょうか」と提案された。エイジは「ああ」とこたえ、無理やり笑って見せた。
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