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愛 玩 人 体〔86〕
しおりを挟むロイドは、エイジの務めがない日に限り、バージルの許可を得て(正確には医師にそれとなく頼まれて)、研究室まで足を運ぶようになった。
「こんにちは、AZくん」
「ロイドか! よく来たな!」
エイジは素肌にシャツ1枚の姿だが、ロイドはいつもどおり女装している。たいていはロングスカートにつき、エイジはすっかり見慣れた。
「おっ、ムラサキの花柄じゃん。かわいい」
「本当に? ありがとうございます」
エイジがスカートの裾に手を触れると、ロイドは「きゃ!」と短く叫んだ。見た目はエイジより背の高い男でも、心は清らかな女性なのだ。
「あッ、ごめん。びっくりさせた?」
うっかり距離を縮めてしまったエイジは、後ろへ身を引いた。ロイドは、そんな少年の配慮に感謝した。
「自分は、小さい頃から同性に接近されると緊張してしまうんです」
「オレに近づかれると、ドキドキするの?」
「はい。心臓が高鳴ります」
「それって、なんだか照れるな」
ロイドにとってエイジは恋愛対象と成り得るため、それを隠さずに白状した。ただし、ロイドは男に抱かれる側の性癖の持ち主につき、エイジは、妙に気恥ずかしくなった。同性の欲望を受け入れる者は、なにも愛玩人体だけではない。世間には、見た目の性別にとらわれず愛し合う者がいる。それは、断じて、差別されるような事柄ではないのだ。
ロイドはショルダーバッグから持参した円盤を取り出すと、仮眠室で寝台のシーツを新しく取り替えて出てきたバージルに声をかけた。
「教授、こんにちは。お邪魔してます。あの、少しパソコンをお借りできますか?」
ロイドは、手にした円盤を持ち上げて見せた。バージルは「かまわないよ」と応じ、作業デスクに歩み寄る。ロイドが自宅から持ってきた円盤は、バージルの講義風景を録画したコンパクトディスクである。
本来、学棟への個人的な端末の持ち込みは禁止事項だが、バージルの講義は人気が高く、こっそりテープレコーダーなどに音声を残す者がいた。ときには、ビデオカメラで盗撮もされる。ロイドもそのひとりだった。また、違反行為に対する罰則はないため、事務局では暗黙の了解とされた。多くの場合、悪用目的ではなく、純粋に講師や授業内容に熱心なだけである。信者ではなく。
バージルは、ロイドから受け取った円盤を再生機にセットした後、映像をパソコンの画面へ転送した。すると、壇上で語るダークスーツの男が映しだされた。
「バージルだ、かっこいい!」
エイジはデスクに手をつき、前のめりになって画面を見つめた。医師は何も云わず踵をかえし、その場から離れた。
「なぁなぁ、ロイド。このバージルってば、カッコよくねぇ?」
「ええ。自分も、この角度の顔は好きですね」
エイジとロイドは講義の内容ではなく、バージルの動作ばかりを目で追う。ふたりには共通の話題があるため、顔を合わせてすぐ仲良くなっている。ロイドは、研究室でのエイジが気兼ねなく過ごせるように、バージルが見つけてきた人材(教養も含まれる話し相手)である。ところが、あまりにもふたりから注視されてしまうようになり、今度は、バージルのほうが息の詰まる思いをした。不運なことに、医師の計算違いは、さらに続く。
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