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愛 玩 人 体〔75〕 ※図面あり
しおりを挟む事務局は医局の中枢部であり、並立する総合病院の次に、床面積を占める高層建築物で、地下には研究室と駐車場がある。新入社員の多くは、入社式に配られるガイドブックが手放せない。建物内部の見取り図だけで10ページもあり、エレベーターや階段は複雑な配置となっている。
バージルは報告書を手に、慣れた足取りで事務局へ向かう途中、通路の曲がり角で人影と鉢合わせた。咄嗟に身を引いて衝突を回避したが、人影のほうは驚いた拍子に持っていた資料をバラバラと床へ落とした。
「すみません、ありがとうございます」
医師が拾い集めた分の資料を差し出すと、人影はペコペコと頭を下げて礼を述べた。改めてバージルの顔を見ると、「あッ」と、短く叫んだ。
「バージル教授ですよね? 自分はロイド▪A▪ヴィリディスと申します。学棟で講師の仕事をさせて頂く者です。博士号であるバージル教授の講義にも何度か出席しました。たいへん勉強になり、とても尊敬しています」
ロイドは三十路手前の学術講師のひとりで、幼少期に大量の書物を読み漁り強度の近視を発症し、瓶底メガネをかけている。バージルのことは教授と呼ぶ。若白髪の目立つ前髪を指でポリポリと掻き、微かに頬を紅くした。憧れの博士号を前にして、視線が泳いでいる。
ロイドは性同一性障害であることを公言しており、手術によって肉体の転換は望まないものの、その性に違和感を覚えている。ぎこちない言動を示されたバージルだが、ロイドの態度を不自然に思わなかった。躰つきは男であっても、細かな仕草は女性的である。
「キミの専門分野は、自然科学なのかい」
医師は、ロイドが両腕に抱える参考書へ目を向けて訊ねた。DNAの模型や、自然哲学と題名を打たれた資料が目につく。バージルも深い学識を持つ分野のため、立ち話に及んだ。
「は、はい。自分は要素還元主義を研究しています。生の問題を解決することは、科学上の、ありとあらゆる問いに答えるも同然であり、神秘的なものだからです」
ロイドは丸いメガネの下で、瞳を輝かせて語る。学者気質は明白だった。ロイドが持病の悩みで通院していた頃、バージルは整形外科医から意見を求められたことがある。躰と心の性別が異なる患者に、よい科学的解決法がないか相談を受けたのだ。その際、なにより優先すべきは本人の心構えであると助言し、現在の状況に至る。ロイドは肉体を変えてまで、女性になりきるつもりはないらしく、潔く成長し、医局で講師の職に就く。
ロイドは照れ笑いをしながら、ようやくバージルと視線を合わせた。だが、医師の容貌に見とれてしまい、こんどは言葉に詰まる。
「あ、あの、最近は何かとお忙しいようですね。教授の講義がまったく予定表に載らないので、その、とても残念だなって……、ああ! すみません。こんなこと云っては失礼ですよねッ」
ロイドはひと息にしゃべり、胸に手のひらをあてる。ゼイゼイと肩で呼吸をするため、バージルは、ほんの少し可笑しくなった。自分の気持ちに正直である言動は、エイジと似ている。医師は、
「講義の準備がありますので失礼します」と云って先を急ぐロイドに、後日、玄関ホールで待ち合わせをする約束を取りつけた。
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