愛 玩 人 体

み馬

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愛 玩 人 体〔65〕

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 休暇の最終日、ホテルからマンションへ帰宅したエイジは、ひとりで過ごしていた。居眠りから目覚めると、時刻はすっかり夕飯時ゆうはんどきである。エイジは通信ツールの青いスイッチを押して、隣室のバージルを呼び出した。

「もしもし、バージル?」
『どうした』
「腹が減ったンだけど、夕飯ゆうはんってどうするンだ?」
『冷蔵庫にあるもので済ませなさい』
「バージルは?」
『わたしのことは気にするな』

 そこで回線を切られてしまう。云うなれば、バージルが376号室に戻る予定はないらしい。エイジは仕方ないと思い、冷蔵庫の中を見に行った。休暇初日にバージルが買っておいた真空パックのポテトサラダや、加熱処理済みソーセージ、麺類などが保存されている。エイジはひとりで食事をすることが多いため、慣れた手つきで小皿を用意して、惣菜を盛りつけた。

 日付ひづけを同じくして、医局オゼのシステム開発室では、ミグネット女史に気密容器カプセルの増産指示が出されていた。バージルの中間報告をふまえ、第二の愛玩人体を迎えることが決定し、急遽、新たな保管庫ねどこが必要となった。内線で連絡を受けたミグネットは、気密容器カプセルの共同開発者で、部下でもあるマレオン技士を地方から呼び戻す決断をした。女史ひとりでも製造は可能だが、納期が短いため、レオンの協力は不可欠となった。

 地方の関連施設で、技術開発の指導を再開していたレオンは、宿舎しゅくしゃ(職員に提供される集合住宅の個室)で、ミグネットからの一報いっぽうを受けるやいなや、深いため息をいた。意外にも早い増産依頼である。しばらくは中心部セントラルへ近づくつもりはなかったレオンは、遠方まで足を運んでいた。すぐに帰還きかんするよう女史に命じられ、気のすすまない荷造りを始める。レオンは自動車の運転免許を取得していたが、愛車マイ·カーを購入しておらず、移動には公共の乗り物を利用していた。夜行列車や夜間バスの時刻表を相棒の端末で調べたが、どちらも時間を持て余すため、最速で乗車が可能な個人タクシーを宿舎まで向かわせた。
 到着した運転手ドライバーに医局へ送り届けるよう伝えると、不審な目で見られた。現在地から目的地までの距離を考えると、当然の態度だろう。レオンは乗車賃を前払いして運転手を安心させると、後部座席リアシートで仮眠をとった。朝陽が昇る頃、まだ誰もいない開発室にレオンの姿があった。

 自分のデスクに荷物を置くと、マキシムフレックスのメガネを外し、スーツの内側へしまった。ミスティグレイのピアスに指で触れ、頭の中で状況を整理する。女史いわく、気密容器の“修理”ではなく“増産”が必要とのこと。詳しい事情は何も説明されてはいないが、こんなもの、、、、、を再び造る理由は、唯一ひとつしかない。レオンはデスクの端に浅く腰をかけ、しばらくの間、瞼をとじた。事務局の考えは明白である。愛玩人体2号を世間へ投じ、相互の成果を比較するためだ。既存の試作品だけでは、研究過程が不十分であるむねは理解できるが、2体の適応能力をきそわせる魂胆こんたんも見え透いていた。これまで、たったひとりで客の欲望を引き受けてきた愛玩具エイジに、ライバルが出現することになる。レオンは深いため息を吐くと、計画のゆくえを危惧きぐした。


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