65 / 150
愛 玩 人 体〔65〕
しおりを挟む休暇の最終日、ホテルからマンションへ帰宅したエイジは、ひとりで過ごしていた。居眠りから目覚めると、時刻はすっかり夕飯時である。エイジは通信ツールの青いスイッチを押して、隣室のバージルを呼び出した。
「もしもし、バージル?」
『どうした』
「腹が減ったンだけど、夕飯ってどうするンだ?」
『冷蔵庫にあるもので済ませなさい』
「バージルは?」
『わたしのことは気にするな』
そこで回線を切られてしまう。云うなれば、バージルが376号室に戻る予定はないらしい。エイジは仕方ないと思い、冷蔵庫の中を見に行った。休暇初日にバージルが買っておいた真空パックのポテトサラダや、加熱処理済みソーセージ、麺類などが保存されている。エイジはひとりで食事をすることが多いため、慣れた手つきで小皿を用意して、惣菜を盛りつけた。
日付を同じくして、医局のシステム開発室では、ミグネット女史に気密容器の増産指示が出されていた。バージルの中間報告をふまえ、第二の愛玩人体を迎えることが決定し、急遽、新たな保管庫が必要となった。内線で連絡を受けたミグネットは、気密容器の共同開発者で、部下でもあるマレオン技士を地方から呼び戻す決断をした。女史ひとりでも製造は可能だが、納期が短いため、レオンの協力は不可欠となった。
地方の関連施設で、技術開発の指導を再開していたレオンは、宿舎(職員に提供される集合住宅の個室)で、ミグネットからの一報を受けるや否や、深いため息を吐いた。意外にも早い増産依頼である。しばらくは中心部へ近づくつもりはなかったレオンは、遠方まで足を運んでいた。すぐに帰還するよう女史に命じられ、気のすすまない荷造りを始める。レオンは自動車の運転免許を取得していたが、愛車を購入しておらず、移動には公共の乗り物を利用していた。夜行列車や夜間バスの時刻表を相棒の端末で調べたが、どちらも時間を持て余すため、最速で乗車が可能な個人タクシーを宿舎まで向かわせた。
到着した運転手に医局へ送り届けるよう伝えると、不審な目で見られた。現在地から目的地までの距離を考えると、当然の態度だろう。レオンは乗車賃を前払いして運転手を安心させると、後部座席で仮眠をとった。朝陽が昇る頃、まだ誰もいない開発室にレオンの姿があった。
自分のデスクに荷物を置くと、マキシムフレックスのメガネを外し、スーツの内側へしまった。ミスティグレイのピアスに指で触れ、頭の中で状況を整理する。女史いわく、気密容器の“修理”ではなく“増産”が必要とのこと。詳しい事情は何も説明されてはいないが、こんなものを再び造る理由は、唯一しかない。レオンはデスクの端に浅く腰をかけ、しばらくの間、瞼をとじた。事務局の考えは明白である。愛玩人体2号を世間へ投じ、相互の成果を比較するためだ。既存の試作品だけでは、研究過程が不十分である旨は理解できるが、2体の適応能力を競わせる魂胆も見え透いていた。これまで、たったひとりで客の欲望を引き受けてきた愛玩具に、ライバルが出現することになる。レオンは深いため息を吐くと、計画のゆくえを危惧した。
+ continue +
1
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説




サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる