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愛 玩 人 体〔64〕
しおりを挟むマンションに戻ったエイジは376号室へ、バージルは377号室の鍵を開け、それぞれ室内へ入った。エイジはすぐさまスーツとズボンを脱いでシャツ1枚になると、長椅子に腰かけた(すっかり定位置になっている)。
愛玩人体の研究室での基本はシャツ1枚につき、下着やズボンを身につけていないほうが楽でもあった。とはいえ、バージルに買ってもらった衣服の中で、スーツは高価な代物につき、皺にならないよう、きれいにたたんでおく。
(はぁーッ! きょう1日で休みも終わりかぁ。あしたから、また知らない男と性行為しなきゃならないンだよな……)
テーブルの上に本が置いてある。“Just World”(公平な世界)とは何か。エイジは腕を伸ばして手に取ると、長椅子にもたれかかってページをめくった。バージルから差し出された本は、あまりにも分厚い。エイジは1ページでも多く先へ進もうと思った。
〈人間〉とは、世の中における〈個別人〉である。したがって自分以外の人間は、総じて、他者であり、知覚や感情や意志といった経験は共同ではない。異なる個別人が、歓び傷むという直接的な経験を得ることは、真の実在を理解する人間の本質であり、その根底には社会や文化的状況が限定される。
文字列を目で追うエイジだが、次第に瞼は重くなった。長椅子で居眠りを始めたエイジをよそに、隣室のバージルは不穏な気配を察し、眉をひそめた。愛玩人体の予約専用ツールに、要人Bから連絡メールが届いている。たんに、エイジとの性交渉を希望するのであれば何も問題はなかったが、内容に目を通すかぎり、本人が利用するわけではなさそうだ。バージルは、頭の中で即座に三船を案じた。昨日、三船はわざわざマンションまで足を運び、要人Bの呼び出しを受けたことを報せている。その直後、要人Bから愛玩人体の利用予約とは、不自然である。しかも、無料での性接待とは、よほど利用客の立場が優遇されている。
バージルは、キーボードを操作して受理の返信を送った後、こめかみを指で圧えた。にわかに頭痛がする。エイジは無数の男性客に必要とされる愛玩人体である。誰の腕に抱かれようが、バージルには関係ない。少年の健康と精神面さえ維持できれば、サービスの提供に影響はない。だからこそ、昨晩は積極的にエイジの肌に触れ、少年の期待どおりの男を演じた。もし、エイジが鼻血を流していなければ、性交渉も考えていた。少年の好意なら、とうに承知している。初期の頃に感じた父性への思慕ではなく、エイジ個人の欲望に変化を認めた。ならば、褒美を与えるべきは、バージル次第である。また、エイジに手をだしても事務局に報告の義務はない。もとより、管理者はいつでも対象と性行為できる特権を有している。これまで、その権利を放棄してきたバージルだが、エイジが熱視線を向けてくるため、頃合いをみて、少年を抱くことにした。それは昨夜の内に実行すべき事柄であったが、未遂となってしまう。
バージルは、断じて、エイジに惚れているわけではない。状況に応じて、親密な演技をしているだけである。
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