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愛 玩 人 体〔48〕
しおりを挟む翌日、エイジは研究室から直通の駐車場で、レインと久しぶりに再会した。少年は愛玩人体用の服を着ていたため、バージルに呼び出されて合流したレインは、無意識に眉をひそめた。
「これから、仕事なのかい……?」
「違うよ、レインさん。きょうから休みなんだ。このあと、バージルのマンションに行く」
「……そう、よかった」
「それはこっちの科白だぞ! なんで自殺未遂なんかしたンだよ」
「はっきり訊くね」
思いがけず、少年に叱責されたレインだが、言葉に険しさはなく、むしろ、労りを感じた。いつの間にか、エイジの心身は大きく成長している。見た目の変化こそないが、会話をして気づかされた。
「なあ、レインさん。頑張って生きようぜ。オレだって、こう見えてかなり努力してるンだぞ。あんまり思い詰めちゃダメだ」
「……うん」
「オレ、レインさんがいなくなったら悲しむからな」
「ありがとう、エイジくん」
乗用車から離れた場所に医師は立っていたが、地下の駐車場に人影はなく、ふたりの声は遠くまで響く。きっと、バージルにも会話の内容は届いているはずだ。そう思ったレインは、発する言葉を選ぶ必要があった。だが、エイジと過ごす時間を大事にしたかった。愛玩人体に手をだした理由は、自己破産が目的でありながら、少年を通じて社会を批判していた。今となっては、エイジの成長に心が揺れ動く。レインの感情は確実に変わっていた。
「エイジくん」
「なに?」
「もし、ぼくが、一緒に医局から逃げようと云ったら、どうする?」
レインは試すような口ぶりで、真剣なまなざしを向けてくる。脱走なら何度か考えたことがあるエイジだが、すぐには返答できず沈黙した。気持ちが当初のままであれば、即答していたかも知れない。しかし(意外にも早い段階で)、バージルの存在が気になるエイジは、自我を保つことができた。故に、バージルとなら、何処へでも行ける。残念ながら、エイジの頭の中で、こたえは決まっていた。
「……好きだよ、エイジくん。ぼくは、キミが好きだ」
レインは正直な気持ちを告げ、エイジの肩を引き寄せて口づけた。それはごく自然な動作であり、レインの指には余計な力が込められていなかった。簡単に拒絶できるエイジだが、レインの包容を受け入れた。突き放してはいけない。抱きしめられることで、レインの助けになればと思った。
「……レインさん、オレ」
誰かに告白されたのは初めてだったエイジは、脚が慄えた。他者の気持ちに応えることは、ひどく難しい。相手を嫌いになれない以上、無下に好意を否定できず、苦心して返す言葉を探すうち、二度目の口づけを受けた。
「……レインさん」
熱い吐息が、流れ込んでくる。エイジは腰の力が抜け落ちてしまい、その場にへたりと尻をついた。バージルがこちらを見ている。それでも、ふたりの会話に口を挟む様子はない。
(バージル……、オレは今、レインさんに告白されたよ。……でも、オレが好きなのは、あんたなんだ。あんたのことしか考えられないんだ、バージル)
自分のことが好きだと云うレインとは、愛玩人体として7回も性的に交わっている。他の利用客とは圧倒的に回数が異なるうえ、カラダの相性も抜群だった。レインの告白を真に受けて、中心部を離れて暮らす選択肢も確かに存在したが、エイジはその未来を棄却した。
「……ごめん、レインさん。オレは行けない。……逃げるつもりはないンだ」
「……エイジくん」
「たとえ、この先に何が起きたとしても、オレは逃げない。逃げたくないンだ。……今は、もうひとりじゃないから。バージルがいて、ショウゴもいる。それに、レインさんもいる。あと、意地悪なレオンもな」
エイジが白い前歯を見せて笑うと、レインも穏やかな気分になった。いつの間にか、エイジの周りには協力的な人物が集まっている。愚劣な性格の要人Bでさえ、遠回しだがエイジに何かを報せようとしている。手段はどうであれ、少なからず助けになっていた。愛玩人体の役目も、いつか必ず終わりを迎える。それまでに、できることをやるべきだと学習したエイジは、不本意ながら他人との性行為には、折り合いをつけた。苦行主義における、自己犠牲の象徴でもある。当然ながら、エイジの判断が正しいとは限らない。人間は、苦悩するいきものであり、幸福に値するように生きなければならないのだ。
「マレイン」
エイジが座り込んだまま動けずにいるところへ、待ち侘びたバージルが歩み寄り、レインの名を呼んだ。
「はい」と、レインが頷くと、医師として助言する。
「肉体的な疲労や消耗は、栄養補給をして躰を息めることで回復するだろう。愛欲や快楽に溺れては、命を落とす結果となる。情欲的快楽と、個体の存続を願う渇欲は、生起の原因が異なることを忘れるな」
バージルの講義を独り占めにしたレインは、貴重な語りかけに感謝した。
「ありがとうございます、博士」
「世界は無限ではない。有限でもない。わたしは断じて永遠を説かない。現実こそすべてだ」
「はい」
レインはバージルに頭を下げ、エイジへ手を差しのべた。
「立てるかい?」
「レインさん……」
エイジは若者の手を取り、腰をあげた。
「レインさん、オレは……ッ」
駐車場を立ち去ろうとする若者に、エイジは必死に声を振り絞った。
「レインさんがいてくれたから、愛玩人体の仕事も悪くないって、そう思えたンだ! だから、ありがとう、レインさん!!」
エイジの声に、若者は振り返らなかった。
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