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愛 玩 人 体〔44〕
しおりを挟むエイジの記憶をラベリングという施術で遮断した張本人の三船だが、皮肉にも、ストリートライフ者との交流を機に、少年の過去に(本人の意思とは関係なく)迫っていた。そのことに気づいた三船は、正直に打ち明けた。
エイジは目を見張り、一瞬、他人事のように呆けたが、隣に座るバージルが口を挟んだ。
「何を以て、そう思う」
冷静な問いかけを受け、三船は「ああ」と頷く。
「マイクロチップに保存されていたデータは、空き家の画像だったろう? 似たような空き家を見てまわるうち、行く先々にストリートライフ者が目につくんだよな。なんて云うか、これはあくまでおれの勝手な意見だが、ストリートライフとAZは、何か関係があるように思えてならないんだ」
「ストリートライフって、その日暮らしの集団だよな」
それくらいの知識はあるエイジが会話に混ざると、バージルはいったん席を立ち、水道で手巾を濡らして戻ってくる。それを差し出されたエイジは、流れで受け取ったものの、使い道は不明だった。テーブルを拭けばいいのかと思い、手巾をひろげると、再び隣に腰かけた医師に「違う」と否定された。
「瞼を冷やしなさい。少し腫れている」
云われて、エイジは自分の勘違いが恥ずかしくなったが、三船の表情も翳りを見せた。
「AZ、本当に驚愕させて悪かった。……まさか、おれが、おまえさんを泣かせちまうなんてな」
「う、うるさいなッ。思いだすから、いちいち謝ってくンな、ばか。大人のくせに、いつまでも詫びてばっかいるなよな」
ともすれば、エイジが和解を受け入れたようにも聞こえる発言である。三船は言葉の意味を自分本位に解釈せず、敢えて反応を示さなかった。
「セルジュ、相談がある。と云うか、提案なんだが、AZの顔写真を1枚もらえないか? 空き家を探すついでに、AZのことも調べてみようと思う。……おれに、おまえさんの過去を明らかにされたくなければ、ここでやめる」
後半はエイジに向けて語られた言葉だが、当の本人は瞼に手巾をあてて、無反応を示した。他者に真実を追及されるのは、やはり気が引ける。しかし、エイジは籠の鳥状態につき、周囲の協力がなければ、何ひとつ自分では解決できない立場に置かれていた。気にならないと云えば嘘になる。
(オレは、なんで迷っている? 怖いのか? 過去を知ることが……。なんで、こんなに迷う必要がある……?)
エイジの沈黙が長く続くため、バージルは正面に座る三船へ話しかけ、仮眠室での出来事を収拾した。
「色々と立て込んで、すまなかった。今回の件については、わたしにも責任がある。緊急の手術が入ってしまい、キミのような一般人にエイジを任せるしかなかったとは云え、このような状況は避けるべきだった」
「いや、セルジュは何も悪くないさ。このおれが全部悪いんだ。だから、そんなふうに云うな。今後もできることは協力したいと思っている。迷惑ならそう云ってくれ」
どこまでも善人な三船に、バージルは小さく肩をすぼめた。医師が到着した時、最悪の事態を回避できたことが、なによりも幸運だった。もし、あのまま三船がエイジを犯していたら、いくら精神的に不安定だとしても、互いに消えない傷を心に残しただろう。バージルはエイジのほうを、ちらッと見、それから三船に向けて微笑した。
「間に合ってよかったよ」
医師は呼吸をするかのように、ごく自然な声でつぶやいた。三船はバージルにも内心感謝して、あらためて反省した。
しばらくの間、沈黙を続けたエイジは、コップのオレンジジュースをごくごくと一気に呑み、「ぷはっ」と息を吐いた。「決めた!」と云って背筋を伸ばし、顔をあげる。
「オレのこと、調べたければ好きに調べろよ、ショウゴ。別にいいよな、バージル」
「キミがかまわなければ、わたしにも断る理由はないよ」
「じゃあ、決定。写真が必要なンだっけ? いま撮る?」
エイジは腰をあげ、テーブル越しに三船の顔をのぞき込んだ。その姿は、まるで無邪気な少年そのもので、三船は思わず笑顔になった。
「携帯の電子ツールなら、持っている。セルジュ、ここでAZを撮影しても平気なのか?」
三船は、パイプ椅子に引っ掛けてあるジャケットを取りにゆき、胸ポケットから端末を引き抜いた。バージルは背景に室内の様子が写り込まない場所でなら、と云って許可した。
「それじゃ、壁を背にして立ってくれ」
「この辺か? あ、ちょっと待って」
エイジは指で頭髪を整えたり、服の皺をのばしたりして、被写体になる準備をした。
「よし、これでいいぞ。ショウゴ」
「いち、にの、さん、で撮るぞ」
「わかった!」
「じゃあ、撮るぞ。いち、にの……」
エイジと三船のやりとりをよそに、バージルはひとり、眉をひそめた。緊急手術により一命を取り留めたマレインについて、片付けなければならない問題が、あまりにも多く残されている。
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