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愛 玩 人 体〔38〕
しおりを挟む青年Xから受け取った紙切れをたよりに、三船は空き家を見てまわる最中、ストリートライフ者としてはめずらしい男女で構成された集団と遭遇する。
「おにいさん、見ない顔だこと。……どうかしら? #10000で咥えてあげるわよ」
いきなりズボンに手をかけられた三船は、否定するより先に躰が勝手に動いた。すり足で迫ってきた女の腕を掴み、横へ払い退けた。
「いやだぁ、おにいさんったら、乱暴はよして」
女は、拒絶されるとは考えていなかった口ぶりである。三船は少し回転を変え、普段の調子より語気を強めた。
「乱暴にした覚えはない。それより、おまえさん、いつもそうして客に云い寄ってるのか?」
「何よ。悪くて。あたしは娼婦なの。見て判らない?」
クリーム色のワンピースを着た女は、肌着を身につけていない。ただでさえ薄い布地につき、乳房の形がはっきりと浮き出ていた。見た目の年齢は、20代後半くらいである。三船は女から目を逸らし、会話を続けた。
「悪いとか、悪くないの問題じゃない。おれが無一文の乞食だったら、どうする気だ。せめて、相手の所持金を確かめてから手を出せよ」
予想外の忠告を受けた女は、声に出して笑った。
「あははっ、確かに無料サービスするほど、あたしは安くはないね。でもね、おにいさん、甘く見ないで頂戴。あなた、途中までバイクに乗って来たでしょう? エンジンの音を聞いたわ。それを、どこかに置いてこんな空き家を見にくるなんて異常だわ。……今ごろ、盗難被害に遭ってなければいいけれど」
云われて、三船は不吉な予感がした。現在の場所は雑木林の入口付近だが、昼間でも薄暗く、人影もない。空き家に近づくまで、木陰に女がいたことも気づかなかった。
「……見てくる」
そう云って女に背を向けたが、あろうことか三船のバイクを転がしてくる若い男と目が合った。
「キミ、そのバイクはおれのだ、…うッ!?」
云いかけた途端、女とは反対側の木陰から飛び出してきた人影に、鉄槌を喰らった。あまりの衝撃に倒れ込んだ三船は、「げほっ」と地面に微量の血を吐いた。後頭部を強打された弾みで、口腔を奥歯で切り裂いてしまった。
「痛て……」
やたら災難が続く三船は、無意識に苦悶の表情を浮かべた。痛みよりも、吐き気を堪えるのに必死だった(着替えを持っていないため)。
三船に襲いかかった人物は、凶器の黒い傘を肩に乗せ、高笑いをした。
「ねぇさんの誘いを素直に受けなかった罰だ。こんな人気のない所をウロついて、まさか素面じゃねぇよな? 欲求不満な男根を存分に解放したらどうだ。それとも陰萎か? デカイのは図体だけのようだな、おっさん!」
ひどい云われようである。どれも事実と異なるため三船は反論すべきか悩んだが、咽喉を通る血の味に、気持ちが悪くなっていた。起きあがった瞬間に込みあげた胃液ごと吐きそうなので、いったん片方の膝を立て、体勢を安定させた。黒傘を手に持つ人物は男で、Tシャツにデニムという活発な服装をしていた。年齢は不明だ。
三船はうつ向いて呼吸を整えると、傍らの女でも黒傘の男でもなく、自分のバイクを転がして来た若い男の顔を見据えた。ほんの一瞬、きれいだと思った。
濃いナイトブルーの髪をしており、長めの前髪からのぞく瞳は淡い紫色で、痩せ型ではあるが不健康という雰囲気はなく、薄桃色の口唇は結んでいるときも両端が上向き、上品な形をしている。
「……キミ、そのバイクをどうやって」
「路肩に棄ててあったから、拾ってきた」
若い男の声音は、見た目の印象と異なり、少し低めだった。だが、そんなことはどうでも良い。聞き捨てならない科白を耳にした三船は「いいや」と、今度こそ否定した。
「さすがに、それはだめだ。譲れない。……鍵を掛けたはずなんだがな」
「ばーか。エアルは鍵開けの達人なんだぜ。エアルに開けられない鍵穴はない! ただし、コンピューター関係は全然ダメだけどな!」
三船の疑問に答えたのは、黒傘の男である。ついでに、若い男の名前は〈エアル〉だと判明した。三船は口許の血を親指で拭うと、腰に力を入れて立ちあがった。
「うお!? あんた、やっぱりデカイな!」
黒傘の男は誰よりも三船に接近していたが、安全な距離を保つため、二、三歩ほど後退した。
「エアルくん」
互いに初対面だが、三船から名前を呼ばれた男は、すっと目を細めると「はい」と応じた。
「おれは、ミフネ▪S▪ショウゴって者だ。よろしく頼む。で、そのバイクについては、ひとまず、話し合いをしようじゃないか」
「ストリートライフの人間が、一般人の話し合いに応じるわけねぇだろうが、おっさん! エアルと性交渉したいって話なら別だけどな!」
黒傘の男がニヤニヤと笑いながら云う。三船は、やはりそうなるのかと思いつつ、エアルに問いかけた。
「キミの要望を聞かせてくれ。どうすれば、おれのバイクを返してもらえる? 金で解決できるなら、それでも構わないぞ」
正直なところ、青年Xに損害賠償を払ったばかりにつき、貯金に余裕などない三船だが、彼らは生活困窮者につき、日常の援助を持ちかけることが最善の方法だと考えた。しかし、エアルから返された言葉に、三船は絶句した。
「そんなに取り戻したければ、このぼくを犯すことだ。徹底的に降伏させてご覧よ。お金なんて要らない。……ミフネさん、あなたがぼくを抱けば、バイクを返してあげる」
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