愛 玩 人 体

み馬

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愛 玩 人 体〔27〕

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 マレオン▪オゼ▪メドウス(通称=レオン)が地下に配置されたバージルの研究室(の場所)を知っていたのは、完成した気密容器カプセルの搬入時に、随行したからである。容器にはいくつかの付属機能が付いており、最終点検は必須だった。また、容器の構造は蓋を閉めた際、内側は無音に近くなる。
 音は、空気の弾性によって起こり、圧力の変動として伝わっていくが、構造体の中でも伝わる。音圧とは、空気中の圧力の変動であり、基準となる音圧は人間の感じる最も小さいPaである。音の強さのレベルILと、音圧レベルSPLの間には関係式が成り立ち、単位はデシベル(dB)を用いる。

 電子技術士(最高難易度SSランク)の資格を有するレオンは、技術開発メンバーとして、愛玩人体あいがんボディ計画に参入していたが、あくまでも気密容器の製造過程における技術的な指導につき、AZエイジとの面識はない。

「こんな容器うつわにはいる子の気持ちを思うと、あたしはなんだか完成をよろこべないわ」
 口唇くちびるに紅をさしたミグネット女史は、設置前の気密容器を見あげて云う。レオンの上司にあたるシステム開発室の責任者(室長)である。よわい37ほどであるが独身につき、ピーチピンクの派手なシャツブラウスを開衿かいきんにしている。女性らしく豊満な躰つきをしているため、胸もとに目が留まりやすかった。(Fカップある……)
 
 レオンは、ミグネット女史と寝台の上で一夜いちやを過ごした経験がある。どちらも酒の席に乗じての勢いで、恋愛感情などはなく単純に快楽を優先しての結果だった。当然ながら、法に抵触する性通せいつうをした以上、互いに反省し、いちど限りの関係で終わっている。レオンにとって異性と交わることは、自己と同じ種類の新しい個体をつくりだす生殖活動につきるため、いくら酔いがまわった状態での出来事とはいえ、考えれば考えるほど、ただの汚点であり失態だった。
 医局に勤める女性には、病原体ビールスに感染していないかどうかを調べる検査キットを無料で提供されているため、女史は健康体を維持している。ちなみに、うっかり妊娠した時はレオンに求婚するつもりでいたが、女史いわく、それは冗談半分で笑い話らしい。群惑コロニーXでは、避妊具と呼ばれるゴム製品などはない。つまり、男女の安易な肉体関係には受精の危険が伴った。

「ところで、レオン技士。あなたの弟だけど、上層部の呼び出しに応じたそうよ」
「さあ、おれは何も知りません」
「ずいぶん無関心なのね。極秘プロジェクトが遂行されているのは承知でしょう? この容器だって、見るからにいかめしい、、、、、と思わない?」
「室長こそ、いちどは承諾した仕事の裏をかく真似は、ほどほどになさってはいかがですか」
 レオンは女史との会話を打ち切り、開発室から通路へ移動した。マキシムフレックスのメガネを外して前髪を指で掻きあげると、ため息を吐く。
「……あの愚弟バカが。低俗な計画に加担するのは、おれだけで十分じゅうぶんだってのに、まぬけめ」
 もっとも、動き出した企画は国家プロジェクトにつき、成果をあげた場合の褒美は確約されていた。ミグネット女史は気密容器カプセルの製造を成功させたことで、開発室における予算の底上げと、個人的な昇給が決定している。いっぽう、レオンは、地方をめぐる(関連施設を巡回し、技術指導をする)許可を得ていた。
 レオンの杞憂きゆうをよそに、翌日の昼さがり、上層部から愛玩人体に適した人材を見つけてくるよう指示されたレインは、それを引き受けて医局をあとにした。

 群惑Xでは、中心部の繁栄とは無縁の貧困地区が点在てんざいした。人の手によって管理された緑濃みどりこい森林域や、まったくの手つかずの自然領があり、それぞれの場所で暮らす人々の生活様式は多様性を極めている。〈買人役バイヤー〉となったレインは、各地へ足を運ぶうち、川沿いの道でストリートライフの集団に出喰わした。
 彼らは着古きふるして破れた衣服を、川の水で丁寧に洗い、まだ乾かないうちに着こんでいる。よく見ると集団の多くは10代半ばの子供たちである。レインの存在に気づいた少年が、そばへ歩み寄ってきた。
「おにいさん、如何いかがですか? 今夜は川に船が浮かぶので、それはそれは極上ですよ」
 少年の背丈は、レインの胸もとにもおよばない。躰つきもひどく痩せていたが、口唇だけは奇妙なほど赤みを帯びていた。レインは一瞬、病気なのではないかと疑って、後ずさりした。
「キミたちは、なぜこんな場所にいるんだい?」
「なぜって、川に近い場所のほうが便利だからですよ。“使ったカラダ”を洗えるし、飲み水にもなるし、夜になっても川面かわもに映る月で明るいんです」
 少年は川を指で示して笑う。レインは、彼らの収入源は、情婦の真似事まねごとだと察した。男女間の性通には罰則が定められていたが、男同士の場合は不問に処される。
 
 ストリートライフとは、血のつながらない他人が寄り添って、互いの暮らしを支え合う集団の別称である。レインは、人材を買いつけるのであれば、ほんの少しでも、孤独に生きる者の救済処置になればと考えていた。ストリートライフの中に、適切な存在を見つけることができるかも知れない。だが、なるべく色情的にみだらな熟達者は避けたい。たとえ生活困窮者であっても、生き生きとして若々しく、己の存在を恥じない者が望ましい。なにより、強い精神と体力がなければ、愛玩人体と成り果てたとき発狂しかねない。
 レインは少年と別れ、次なるストリートライフ集団を探して歩きまわった。医局を出て8日目の朝、ついに〈AZエイジ〉となるべき少年と遭遇する。


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