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愛 玩 人 体〔23〕
しおりを挟むその扉は、バージルが持つ専用のIDカードがなければ、開けないはずだった。以前、要人Bが訪ねた時は、通路に待機したバージルによって開閉されていた。つまり、愛玩人体の務めがなく、バージルが出勤するまでの間、研究室は密室となった。
エイジは、いつものように気密容器の底で目を醒まし、ひとりで軽めの朝食をすませた。務め以外は、これといってやることがないため、中央テーブルへ日誌(ずっと前にバージルから渡されたもの/愛玩人体〔05〕参照)をひろげ、パイプ椅子に座り、文字を書き始める。
【顔がいい・男前】
バージル>レオン>オッサン>レインさん
【性格がいい】
レインさん>オッサン>バージル>レオン
【背が高い(個人主観)】
オッサン>バージル≧レオン>レインさん
【スーツが似合う(予想含む)】
バージル≧レオン>レインさん>オッサン
「あと、なンだろう……、あッ、そうだ!」
【頭がいい(やや偏見あり)】
バージル>レオン>オッサン>レインさん
「……レインさん、ごめん。ばかだと思ってるわけじゃないからな」
独り言を交えながら、個人的な印象を順番に書き出していると、研究室のドアが開いた。バージルが出勤したのだと決めつけて、パッと顔をあげたエイジは、瞬時に唖然となる。内側からは絶対に開かないドアから姿を現した人物は、左耳にミスティグレイのピアスをしており、スタイリッシュな腕時計を嵌め、マキシムフレックスのメガネをかけている。
「レオン!?」
エイジは、青年の名を呼び捨てた。初対面時に手荒な真似をされた以上、敬意を払うつもりはまったくない。さらに、レオンは気高さを併せ持つ男につき、内心は複雑だった。
(背格好も、バージルと似てるしな……)
レオンは、全裸姿で椅子に座るエイジには目もくれず、バージルの作業デスクへ歩み寄った。スーツのポケットから相棒の小型電子ツールを取り出すと、電源をONにする。その動作を見たエイジは、ハッキングするつもりではないかと思い、あわてて近づいた。
(研究室のドアも、そうやって解除したのか!?)
「レオン、何する気だ? やめろよ!」
エイジに腕を掴まれたレオンは、他人を見るような目を向けてくる。
「汚ない手でおれに触るな。電子が乱れる」
「なンだと!?」
「商売道具を下品にぶらさげてないで、しまったらどうなんだ、まぬけ」
云われた瞬間、頭の中で【口が悪い順】1位にレオンの名前を日誌に書き、同時に、ミフネのシャツを取りに仮眠室へ駆け込んだ。
「なンだよ、あいつ。ふざけやがって!」
あからさまに冷淡な態度を示されて、気分が悪い。研究室では、愛玩人体に不必要なズボンなどは用意されておらず、シャツ1枚でしか肌を隠せないため、エイジは苛立ちを憶えた。ついでに、バージルが不在につき、不法侵入者をどう対処すべきか頭を悩ませている間に、レオンの目的は果たされた。
「まさか、バージルのパソコンを本当にハッキングしたのかよ?」
仮眠室から戻ったエイジは、中央テーブルに腰をかけるレオンに、おそるおそる訊ねた。青年は手に、最強の武器(相棒の小型電子ツール)を持っている。レオンは、サイズの合わないシャツを着たエイジを一瞥し、口許に笑みを浮かべて見せた。
「愛玩具の管理人は、そう簡単に掘らせてはくれないらしい。少なくとも、こいつから情報を抜き盗るには丸1日かかる」
レオンは、デスクのパソコンを指差して云う。これはつまり、バージルのほうが間違いなく上手だったと云う意味だ。もとより、医師の考察力と言動力に勝る者は存在しない。
(さすが、バージル。やってくれたな!!)
「それは残念だったな、レオン」
エイジは得意気に云った。たとえバージルのおかげだとしても、なんだか鼻が高い。咽喉が渇いたので冷蔵庫から飲み物を取り出すと、レオンは書棚の物色を始めた。
「あんまり勝手にいじるなよ。この室のものは、全部バージルの私物だからな」
おそらく、それは誤認である。だが、エイジはレオンを困らせたくて云う。どんな時も、相手の思惑どおりに事が進むとは限らない。エイジは、レオンに対して、いくらか反抗的になっていた。
「レオンもなにか飲む?」
エイジはガラスのコップを持ち上げて見せた。書棚から1冊の参考書を引き抜いたレオンは、視線を寄越さずに口をきく。
「品目は?」
「めにゅー? えっと、インスタントココアか、サイダーか、オレンジジュースとか……」
「水だな」
「は?」
「そんな甘いものは、余計に咽喉が渇くだけだ。水をもらう」
ばかにされた気もしたが、エイジは水道の蛇口を捻り、水を注いだ。「どうぞ」と差し出すが、レオンは受け取らず書物を立ち読みする。
「ここに置いておくからな」
エイジは中央テーブルの端にコップを置き、再び椅子に座った。日誌に【口が悪い順番】を書こうとしたが、バージルやミフネ、それにレインとの会話に大差がつけられないことに気づいた。(断トツで、レオンの口が悪いだけの話だった……)
それにしても、バージルがやって来ない。レオンと研究室にふたりきりの状況が長いため、エイジはマイクロチップの件を、もういちど話題にした。
「本体がないのに、どうやったら調べられるンだ?」
なんの前置きもなしに口走ったが、レオンは参考書へ視線を落としたまま回答した。
「型見本を使う」
「そんなの、どこにもなかったら?」
「なければつくる」
「レオンは技士だから?」
「おれに解けないプログラムはない」
簡単に云う。それも、表情ひとつ変えない。自信家なのか自意識過剰なのか、はっきりしている点は、無駄に顔がいいと云う事実である。エイジは無意識に、レオンが呼吸する口唇を見つめた。
+ continue +
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