愛 玩 人 体

み馬

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愛 玩 人 体〔05〕

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 エイジは十日目とうかめにして、ついに寝台ベッドの上で起床した。しかも、服を着ている。だが、下着パンツは履いていない。
 
 ここは研究室の仮眠室だ。素足で床を歩き、なんとなく気密容器カプセルをのぞき込んだ。いつもなら、この容器の底へ裸身はだかで放置されていたが、今朝けさはちがっていた。研究室のあるじは見あたらない。まだ出勤時刻ではないのだろうか。室内に時計はない。
 エイジは、自分で着たおぼえのない服にれてみた。くすみ色のスモーキーミントの一張羅いっちょうらで、胸もとのボタンは1つしかない。丈はひざまで届くほど長いが、通気性がよく股がスースーした。ボタンひとつで裸になるデザインにつき、愛玩人体あいがんボディにふさわしい服装である。

(これなら、服を着たままでも性交できるな……)
 
 エイジが試しに股をひらくと、研究室のドアがいた。
 出勤してきたバージルは、目の前にいたエイジが下半身を露出させているのを見、わざとらしく首を横に振った。
「ち、ちがうぞ、これはだな!?」
 下手な誤解をされては不本意につき、デスクの椅子に座る医師へあわてて弁明した。
「だから、ちがうからな!? おいバージル、聞けってば!!」
 医師は手もとへ視線を落としたきり、電子パネルの操作をやめない。その横顔に、エイジは途惑とまどった。
「……なんか、怒ってる?」
 バージルは、わざと目を合わせないようにしている。そんな気がして不安になるが、医師は数秒後にエイジを一瞥いちべつし、報告書を制作するため質問に答えろと云う。
「性器を直入された回数は?」
 直球ストレートすぎる。エイジが口ごもると、さらに追及された。相手レインが使用した潤滑剤ローション種類メーカーや、体内の違和感など。すべては、利用データを記録するための手順に過ぎない。医師にとって性的な話題は、あくまで事務的な確認につき、エイジは次第しだい苛立いらだった。

「そんなに詳しい内容が知りたければ、オレがおかされてるところを動画で撮影すればいいだろ。前みたいに隠し撮りでもしてさ」
 最初の客は要人の中年おやじで、その様子は映像記録として残されている。とはいえ、麻酔によって意識を奪われていたため、映像がなければ自身に起きた事柄ことがらを知るすべはなかった。医師は電子パネルへ落としていた視線を、エイジのほうへ向け、小さくため息をく。
「やけに不機嫌だな」
「不機嫌なのは、バージルそっちだろ」
「わたしの機嫌をそこねるような真似をした自覚があるのか」 
「自覚?」
 聞き返しながら、エイジは「もしかして」と眉をひそめた。
「オレが途中で気絶したから?」
「あれでは気絶とは云えまいな」
 医師は報告書とは別に、始末書の画面を指さした。エイジがのぞき込むと、6人目の客に対する返金手続きと、その理由が入力されていた。

〔○月○○日における愛玩人体AZの不始末/性交における絶頂を経験したことで、己の快楽を最優先し、本来の役割を見失う。利用者より先に体力が尽き、眠りに落ちる。プレイタイム終了1時間前に引き取りの連絡あり。到着時、AZの意識なし。健康状態は良好。要指導。〕

 反論はできそうにもない。エイジはそう思い、バージルに「ごめん」と詫びた。レインから享受される刺激と快楽に夢中になり、興奮しすぎたことは認めざるをえない。管理者であるバージルに迷惑をかけたつもりはなかったが、立場を改めて認識した。
 
 研究室には、簡易キッチンと冷蔵庫がある。バージルが切らさず食糧を補充しているため、エイジはおりの中で飼育される動物ペットのようだと思ったが、腹は減る。素足でペタペタと音を立てて冷蔵庫へ向かうと、いつの間にか、食事をするテーブルに長方形の白い箱が置いてあった。
「なんだ、これ」
 無意識につぶやくと、提出書類をまとめた医師はテーブルまで移動し、内容物を説明した。

 箱の中身は、通帳、コインケース、筆記用具、日誌、何かの登録カード2枚、合計7点である。医師はひとつずつ取り出しながら、エイジへ手渡した。
「キミの労働には医局より対価が支払われる。その通帳は、わたしの名義で口座を開設しておいたものだが、振り込まれる金額はすべてキミのものだ」
 通帳のページをひらくと、普通預金の欄に♯61000と数字が記帳されていた。金銭感覚のにぶいエイジは、妥当な報酬なのか、低賃金なのか不明である。次に渡されたコインケースには、1枚の銀貨がはいっていた。
「バージル、これ、中身がはいってる」
「それはわたしのポケットマネーだ。無一文では不都合があるだろうと思ってね」
 四六時中、行動を制限されている自分には金銭問題より不都合が多いという、文句は呑み込んでおく。筆記用具と日誌については好きに使うように云われ、残りのカード1枚は先程の通帳の付属品で、最後に渡されたほうは愛玩人体の個体登録証明マイナンバーカードだった。

 いよいよ、医局オゼに使われる身であることを認識した。状況の変化を受けとめ切れずにいたが、レインのような利用者がいる限り、極端に嫌悪する必要はないと前向きにとらえようとした翌日、痛い事件が起きた。


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