2 / 150
愛 玩 人 体〔02〕
しおりを挟む自我をめぐらせたとき、オレは気密容器の底に裸身で沈んでいた。カラダを動かそうとして、すぐさま青ざめた。いつの間にか、下肢に伸びる透明な管がある。泌尿器官へ挿入されているため、自分で取り除くには、ためらいが生じた。医療器具のひとつだが、病を患っている自覚のないオレにとって、野蛮な道具でしかない。
「おい、バージル!! そこにいンのか!? いるなら開けろ!! 出せよ!!」
強化ガラス製の気密容器は、内側から叩いても、びくともしない。媒体に酸素を送るための通気孔はあるが、まるで、天井の高い棺のようだった。医師の名を呼び続けたが、姿を現さないため、室内にいないと思われた。しかたなく胡座をかくと、これまでの状況を整理した。
バージルは、医局という医務機関に在籍する医師で、年齢は三十をいくつか過ぎた頃合いの男である。上背があり、整った顔だちをしていたが、性格は少々厄介そうだ。なにしろ、初対面のオレに接吻するわ、下半身へ直に触れるわで、散々な扱いを受けている。今現在も、必要悪な処置で生殖器を拘束されていた。だが、いちばんの問題は、自分自身にあった。いくら考えても、過去の出来事を思いだせない。名前まで忘れる始末だ。しかも、バージルいわく、〈愛玩人体〉となったオレは、きょうから働くのだと告げられた。
「……あの野郎、もっと解るように説明しろってンだ」
次こそは食ってかかるつもりが、返り討ちに遭った。研究室へはいってきた医師は、白衣の胸ポケットから端末を取りだすと、気密容器の施錠を解除した。内側から開閉できない構造につき、やっと外へ出られるのかと思ったら、顔面に霧状の何かを噴射されて、よろめいた。
「なんだよ、いま……の……は」
抗議の途中で手脚が痺れ、かすれた声しか出せなくなった。
「バージル、てめぇ、何しや……がっ……た」
「喋らないほうがいい。力を抜いてろ」
医師は両手に薄いゴム手袋を装着すると、情けなく尻もちをつくオレの前に片膝を立て、泌尿器具を引き抜いた。
「……痛ッ!! い……ってぇな! そこはやさしく……触れよ……変態ッ!」
「これしきの程度で喚くな。子供ではあるまいし」
それはそうかも知れないが、実際の年齢は不明である。オレは成人なのか未成年なのか、正直なところ定かではない。医師は慣れた手つきで管を巻き取ると、当たり前のように口づけるので、この接吻は挨拶か何かの類いではないかと理解した。下手に拒むより、受け入れてしまえばいいと思い、歯列を割って舌を絡めた。
「不器用だな」
医師からそう云われた瞬間、オレは憤慨して拳を振りあげたが、いよいよ全身に痺れがまわり、自力で立つことが不可能となった。倒れ込むオレを横目に、医師は電子ツールを使い、誰かとやりとりした。
「おはようございます。バージルです。例の件ですが、事務局の書類審査は何事もなく通過しました。適性値のデータ収集と、試作品の登録は完了しています。実用化に向け、要望をいただいた特定の関係者から順次、対応を開始します。性通結果の報告は、その都度提出しますが、対象の事後処理が最優先事項につき、多少の遅れはご容赦ください。……はい、……それでは後程」
医師は通話を終えると、持参した薬品ケースから注射器を取り出した。仰向けになって動けずにいるオレのところまで歩み寄り、顔をのぞき込んでくる。
「これからキミが相手をする〈客〉は、医局の重鎮だ。何事も最初が肝心につき、どちらか極めなさい」
「……どちら、かっ……て、なにが?」
かろうじて聞き返すと、医師はオレの胸もとへ手のひらを添えて云った。
「全身麻酔で意識を強制的に遮断するか、性交渉の最中は手脚を鎖に繋がれるか、いますぐ択べ」
「……ふざけ……ンなよッ、……そんなこと、どっちも……あり得ない、だろーがッ」
「悪いが、これは至って真面目な話だ。極められないのであれば、わたしが判断するまでだ。文句を云いたければ、ひとりでも多くの情人を悦ばせてから聞いてやる」
医師は手にした注射針を、本人の許可なく腕に射した。次第に目の前が暗くなり、何も考えられなくなった(バージルのやつ、よくも)。
なんでこんなことに、冗談じゃないぞ。
+ continue +
11
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説




サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる