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035 貴重品

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 武器の強化といっても、攻撃力を上げる方法は、貴重品の入手にある。貴重品イコール所持金ではなく、品物をす。たとえば、木剣もっけんを武器として使う戦士の攻撃力が低いとはかぎらない。攻撃力アップの貴重品を装備している場合もあるからだ。各プレイヤーのステータス数値は、外部の人間が見ることはできない。[リージョンマスター]の俺は例外だったが、今はプレイヤーという立場になっている。

 現在、俺が装備している[ミスリルソード]は、ゲーム中盤くらいまでは有効に使える武器だが、限定イベントの難易度によっては、やや力不足といえる。だが、貴重品次第では、最終ダンジョンの敵と互角ごかくに戦うことも可能だ。[リージョンフライハイト]の世界では、どんなに強そうな武器を装備しても、見た目のグラフィックが変わるだけである。攻撃力や防御力の強化に関するアイテムは、オプション機能の貴重品を利用するしかない(敵を倒し経験値を稼ぐことでも、一定の数値までは成長する)。

 キルクスと道具屋に足を運んだ俺は、商品棚を見おろし、定番の装飾品を手に取った。

「パワーリストバンドか。こいつを手首につけるだけで攻撃力が上がるってのは便利だし、値段もそこまで高くないンだよな」

 厚みのある素材で、黒い無地のリストバンドである。防具扱いではなく、貴重品としてフリースペースに装備できるため、即座に効果を発揮してくれる一品だ。買っておいて損はない。魔法タイプのキルクスは、回復系アイテムが並ぶ棚をながめている。

「俺が買おうか?」

「ご心配なく、自分で払います。お決まりでしたら、ブレイクさんからお先にどうぞ」

「わかった」

 互いに必要なものを購入すると、店をあとにした。戦う準備が完了した俺たちは、現在地から近いダンジョンへ行くか、限定イベントに参加するか、二択を迫られた。

「たしか、[カメレオンジャングル]って密林が近いんだよな。リージョン限定のイベントもあるはずだが、貴重品狙いなら後者がおすすめだな」

「レベルを上げつつ、貴重品を入手できますもんね。……でも、限定イベントについて、まったく情報がありません。ぼくは発生条件を知りませんので、誰かに聞いてみますか?」

「そうだな。俺もきのう始めたばかりで、まだ(プレイヤーとしては)不慣れだしな。ベテラン連中を見つけて、なにかヒントをもらおうぜ」

 そのほうがより安全で確実だ。ところで、ベテランの語源はラテン語で、古いとか年老としおいたという意味らしいな。退役軍人のことを指したりもするようだ。俺的には、長年の経験や実績をもつ人物を表現する言葉だと思っていたが、本来の意味はちがっていた。……この年齢としになっても、学ぶべき事柄は多い。人間ってのは、あまりにも知らないことが多すぎる。世上の喧騒けんそうに知識人の言葉が掻き消され、届かなくなっているのかもしれない。


✓つづく
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