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029 呼び出しベル
しおりを挟むいざ、初対面の人間に直接声をかける瞬間ってのは、いくつになっても緊張する。
子どもの頃、ファミリーレストランで外食するさい、すぐトイレに立てる通路側の席がお気に入りだった。ウェイトレスに向かって「すみませーん」と注文を頼む役は、少し苦手だったけどな。今でこそ、押すとピンポーンと音が鳴るワイヤレスのオーダーコールシステムが各テーブルごとに置いてあるが、こじんまりとした飲食店には導入されていなかったりする。しかも、じっくりメニューをながめていると、「ご注文がお決まりでしたらお伺いします」と、向こうのタイミングで寄ってくる始末だ。……否、ゆっくり選ばせてもらいたい。ウェイトレスが「早くしろよ」的な圧を漂わせていると、余計に焦る。仕事中に関係なく、短気な人間は相手の都合などお構いなしだ。
あれから、飲食店の接客システムはだいぶ様変わりしたな。店ごとに、注文方法が異なっていたりする。パネルの操作は、なかなか複雑だ。もっとも、外食はあまり好きではなかった。料理が運ばれてくるあいだ、時間を持て余すうえ、周囲のさまざまな匂いが混ぜ合わさった空間に、いくらか酔ってしまう。今とちがって全席タバコが吸えたしな。大人たちは、好き勝手な銘柄をくゆらせることができた。
意を決してスニーカー少年に近づくと、俺の形相が硬張っていたせいか、ビクッと肩をふるわせ、わかりやすく警戒された。まあ、当然の反応だよな。知らない人に声をかけられたら相手にせず、その場を離れること……なんて、学校で言い聞かされている年齢だろう。
「な、なんですか、あなたは」
ほらな、思ったとおりだ。まだ声変わり前なのか、女の子っぽい調子の声が耳に届く。俺は両手を軽くあげ、笑みを浮かべた。
「敵意も悪意もないから安心してくれ。俺はゲームのプレイヤーで、戦士のブレイクだ。きみの名前を教えてくれるか」
自己紹介をしてから、真顔に戻っておく。ヘラヘラ笑顔のままでは、さすがにあやしいだろう。少年の目の高さ(身長)は俺の胸許あたりにつき、正面から見おろす立ち位置になるが、それくらいは自然な状況だろう。
「ブレイクって、あのブレイクさん?」
「あの、かどうかは知らないが、俺の呼び名はブレイクだ」
「あなたも……、ブレイク……」
少年の態度が不自然に変わる。真剣な表情をして、俺の顔を見あげてきた。互いに初対面だと思われたが、どうやら少年のほうは[ブレイク]と面識があるようだ。
仮に、俺(管理人)がいるリージョンへ飛んだことがあるプレイヤーだとしても、実際の容姿は知られていないはずだ。まさか生身の[リージョンマスター]が、いちプレイヤーとしてゲーム内をうろついているとは、誰もが夢にも思わないだろう。……俺自身も未だに信じられん。スニーカーを装備したキャラクターも、めずらしいと言えば、めずらしい。とはいえ、入手できる貴重品をすべて把握しているわけではないため、俺が知らないだけの可能性もある。
少年は長い沈黙のあと、ようやく[キルクス]と名乗った。操作キャラクターの外見や名前から、プレイヤーの性別を判断することは難しい。[キルクス]という響きも、どこか中性的で、人物像はあやふやだ。名前さえ知っておけば、もはや他人ではなくなる。互いの存在を認識した俺と少年のあいだに、ほんの少し和やかな空気が流れた。そこで俺は、スニーカーについて入手経路を質問した。
✓つづく
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