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026 ゲーム開始

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 夢という単語(自立語)は便利だ。不都合な現実から、目をそむけることができる。言い訳にも使えるしな。

 どうやら俺は、ゲームの世界にいる。精神とか意識とか、そういった妄想の領域ではなく、外界を認識する五感ごかんが正常に働いている。最終的に夢オチというパターンならば、とくに問題はない。プレイヤーになりきって、ふらふらすればいい。だが、これが夢でなかった場合、俺は現実に戻る方法を探す必要がある。人間が丸ごと仮想空間に転移するなんてバグが、あるわけない。そんなゲームを安達が開発したとは思えないし、物理学的にも不可能だろう。

「色々な意味で情報がりんな。もういちど酒場にいくか」

 こんどは武器を装備しているため、むやみに喧嘩けんかを売られないはず。まあ、見た目は四十路よそじのままだが、それなりに戦士の雰囲気はだせているだろう。ほお傷痕きずあとなんてメイクをすれば、向こうから寄ってこない。

 青少年が中年の弱々しそうな会社員風の男を狙い、金品を強奪するという、おやじ狩り事件が世間せけんをさわがせていた頃、俺はどちら側の人間でもなかった。自分とは関係ない世界で起きている事柄ことがらだと軽くみていたが、いざ、狙われる側の年齢に近づくと、青少年の言動に恐怖さえ感じることがある。

 10代は無敵だよな。

 ……すまん、今のは偏見だ。撤回てっかいする。年代ごとに悩みはつきものだ。気楽な人生ほど後悔が多い。やるべきことが単純な人間ほど、心に余裕がないものだ。俺の勝手な見解けんかいだが。

「よう、話しかけていいか」

 酒場の近くで3人の男女が雑談していたので、俺のほうから歩み寄ると、『おじさん誰?』『こんにちは』『ちゅーねん戦士だ、しぶい!』と、それぞれ3人が口走る。

 ちゅーねん? ああ、中年か。
 そういや、初期設定で選べる
 プレイヤーキャラに、中年を
 チョイスするやつは少ないな。

 遅ればせながら、装備品でゲームの世界観に近づけようにも、俺くらいの年代キャラは少数派だと自覚した。リージョンフライハイトは、長い時間をかけてやり込める系のゲームにつき、わざわざ見た目を中年にしようとは思わないようだ。まあ、若いキャラクター陣より、あきらかに地味だしな……。ってか、俺も弱そうに見られているのか? 現時点での自分のステータスが不明だ。どうやったら確認できるんだ? ここはひとつ聞いてみるか。

「俺は最近ゲームを始めたばかりで、まだ操作に慣れてない。限定イベントについて知ってたら、教えてくれないか」 

『なんだ、初心者か。ここは貴重品の[仲間のきずな]がゲットできるリージョンだよ。道具屋で手続きをすれば[マグマの遺跡]に挑戦できる。ちょうど今、3人で相談してたところ。強制バトルがあるから、50までレベルを上げとこうかってさ』

「どうもありがとう。あと、ステータスの確認って、どうやればいいんだ?」

『村の入口にある石板せきばんを調べるとわかるよ』

 同じく戦士キャラクターの男が会話に応じてくれた。親切しんせつに感謝して別れると、さっそく石板の前に立ってみた。目をらすと、ステータス情報がきざまれている。

  レベル──50 命中率──65
  攻撃力──45 素早さ──55
  防御力──50 魔力───30
  精神力──35 運────35
  武器/剣/ミスリルソード

 だいぶがってることが判明したが、これは夢のなかの設定だからな。

「さあ、ゲームスタートだ」


✓つづく

※主人公の音声(セリフ)は「かぎ括弧」、ゲーム内のキャラクターボイスは『二重かぎ括弧』で表記しています。
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