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004 割に合わない
しおりを挟む小学生の頃、最新の家電が並ぶ金持ちの同級生がひとりいた。そいつの家にいくと、初めて見るものばかりだった。家庭用テレビゲーム機もそのひとつだ。当時、俺は体育会系の人間だったので、あまりコンピューターゲームに興味はなかった。だいいち、漫画を読むと馬鹿になるという考えをもつ両親のあいだに生まれたため、ゲーム機なんぞ、もってのほかだ。どれほどお願いしても買ってもらえないし、自分で買ってこようものならば、確実に処分される。まちがった考えを、さも世間の常識かのように主張してくる輩ってのは、現代でもそうめずらしくないだろう。
……こんなおっさんになっても、実家近くの安いアパート暮らしの俺が言うことじゃねーか。いくら社会人とはいえ、年々肩身はせまくなるいっぽうだ。結婚しない中年事情はさまざまで、周囲にとやかく言われる筋合いはないんだがな。
「……ふう、腹が減った。少し早いが昼飯にするか」
アパート暮らしを始めてだいぶ経つが、独り言が増えたかもしれん。しかし、ずっと黙っていると、溜め息しかでなくなる。
徒歩で行ける場所に、道路をはさんでライバル会社のコンビニエンスストアが2件ある。俺は、どっちもあまり利用しない。車で5分の距離に、大手のスーパーがあるからな。のり弁当がいちばん安くてボリュームがある。俺の親父いわく、からあげはおかずにならないらしいが、俺的には1個でも入っていると白米がすすむ。むしろ、母親が作る砂糖で甘く焼いた玉子焼きのほうが、おかずにならなかった。不味くはないが、美味くも感じない。
日中とはいえ、スーパーマーケットの駐車場には、そこそこ車が停まっている。俺は運動不足を少しでも解消するため、なるべく入口から遠いところに駐車するようにしている。
「いらっしゃいませ~」
「らっしゃいませ……」
「いらっしゃいませ、こんにちはぁ」
買いものカゴを持って店内をうろつくと、品出し中のおばさん(パートかな)や、社員らしき制服のおねえさんが接客用語で挨拶をする。それぞれ微妙にちがうわ、相手に聞こえないくらいの声だったり、あきらかに面倒くさそうに言われたりする。いちいち気にしないが、見たい商品棚から動かないやつは、ふつうに邪魔だ。こっちの雰囲気を察して横にズレてほしいもんだ。というか、商品を取りたいから「すみません」って声をかけると、「はあ?」ってふり向くのやめろ。いくら仕事の手を止められるからとはいえ、商売なら客を優先しろ。失礼な態度をとるな。まあ、客は神様って時代は、とっくに終わってるがな……。
「のり弁がない」
食べたいと思っているときにかぎって、なかったりするんだよな。どういうセオリーだよ。いつもは二段重ねで置いてあるくせに、きょうはシャケ弁当が多めだな。しかも、のり弁当よりどれも二百円高い。予定外出費だぜ。
決めかねて惣菜コーナーをうろうろしていると、なんの迷いもなくシャケ弁当をカゴにインしていく主婦を見た。ファッションセンターで売られている一般的なエプロンを着用しているから、たぶん主婦。
……しかたない。俺もシャケ弁にするか。そういえば、鮭を食べるの久しぶりだな。たまには贅沢してもいいだろう。
アパートの自室で買ってきた弁当を食べ終えた俺は、ふたたび[リージョンマスター]の仕事に戻る。発売して数十日のゲームだが、ほぼ毎日のように俺の役目が必要になる。安達めが、日給八千円じゃ、割に合わないぞ。
✓つづく
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