君の瞳は月夜に輝く

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幕開け

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「やばい、眠れない…。」


    僕の名前は、アルス=シューベルト。リューシェハント王国の公爵家次男である。今年で14歳になるから、この国で1番大きな学園であるロングストン学園に進学をすることになっている。

 ロングストン学園は歴史が長く、格式の高い学校であるため、たくさんの貴族や権力者などの令息令嬢が学びに来る。実力主義の他に繋がりを大切にする校風故に色んな人と交流する機会が多い。また魔術教育に力を入れていると有名なので、学生の多くが強い魔力を持っている。どうやら洗練された教育を受けているためこの学園出身の魔術師は能力が他と比べて飛び抜けていると評判なのだそうだ。
 そんな学園に魔術をほとんど使えない僕が行くのには理由がある。色んな階級の人たちと交流して人脈を広げるためなのはもちろんのこと、このロングストン学園は魔術を使わないような武術の実践授業も充実しているからだ。いざと言う時魔術を頼れないので、家では武術を習ってはいるが、もう少し踏み込んだこともしたいと常々思っていたのだ。





そして明日はなんと入学式である。

「やばい…本当に眠れない…どうしよう…。」


おかしいな…。別にもう子供じゃあるまいし明日が楽しみで眠れないわけじゃ決して、本当に決してないけど、何故か眠れない。何故か。なんでなんだろう。別にワクワクなんてしてないけど眠れない…。














 朝。本来なら清々しい朝なのだろうけど、僕には昨夜よく眠れなかったせいで最悪な朝であった。せっかくの入学式の日なのに朝から寝坊して、寝不足のせいで食欲がないのに周りに心配をかけないようにと無理やり胃に詰め込んだスコーンのせいで気分がすこぶる悪い。
 何とか馬車に乗って兄と一緒に学園へと出発する。気分は悪いとはいえ初めての学園に少しドキドキしている。

「緊張するか?」と隣に座っている兄が手を握りながら聞いてくる。

 僕の2つ上の兄アラン=シューベルト。わずか6歳にして風属性の魔術と微力ではあるが光属性の魔術を同時に操ることができてしまった、シューベルト家においても類まれなる天才。
 そもそも違う属性を使うためには『元素の融合』と呼ばれる高度な技術が必要であるため大人でも扱える人はそう多くはなく、さらにうちの兄はそれを世界でも扱える人はほぼほぼいないとされる光属性の魔法でやっちゃったのだ。その才能は今も健在で、なんなら一気に3、調子がいい時は4属性の魔術を同時に操れてしまっている。とってもすごい天才である。


「うん、少し…。」
「本当は学園にも行って欲しくなかったんだが、それは出来ないからなぁ…。
………なぁ、今からでも遅くないから寮じゃなくて、家から通わないか?そしたら俺も寮やめて家から一緒に通うしさ。それにそっちのほうが父さんや母さんにだって毎日会えるぞ?」
  「ダメだよ僕言ったじゃん。そろそろ僕も自立したいって。いつまでも父さんや母さんの元にいる訳には行かないから。」
「だってさ、その……お前の…呪い、のことがあるから俺も心配で。」






--‐呪い


  "夜の月の光を浴び続けると徐々に体が弱りいずれ死に至る。"

それが僕にかけられた呪い。
家族が言うには、僕の2歳の誕生日の時に父に恨みを持つ悪い魔術師にかけられたんだそうだ。おとぎ話みたいな話だけど本当の話らしく、それ以来僕は夜になると月が出る前にカーテンを閉め切った真っ暗な自分の部屋に帰らなきゃいけなかった。だから夜の月なんて見たことがない。

 ところで昔は、夜お兄ちゃんと一緒に寝ることが多かった。けど、それはお兄ちゃんが寂しそうにしていたからであって、真っ暗な部屋が怖かった、とかでは無い。全然暗い部屋なんて怖くなかった。ほんとに全然。

「……大丈夫だよ。学園の先生にも言ってあるんでしょ?だったら少なくとも配慮はしてくれるだろうし…。」
「でも…。」

 兄の言わんとすることはわかる。僕がいじめられないかが心配なのだろう。
 我がシューベルト家には昔から魔術に長けている人が多く、魔術界では名の知れた一族である。にも関わらず、僕は魔術をほとんど使えない。魔力はあるにはあるがほとんどないに等しい。だから幼い頃から直接とまでは行かないが、いじめられたり魔力がないことをバカにされたりすることは少なくなかった。

「バカにされないように僕が勉強も運動も頑張ってきたのは知ってるでしょ?」
「………。」
「それにもし困ったことがあればお兄ちゃんを頼るから!」
 ちなみに お兄ちゃんを頼る は僕にとって魔法の言葉である。これを言うと兄は結構な確率で引き下がってくれる。
「…わかった。」
そう言って兄は僕を抱きしめる。この年でその行動は如何なものかとは思うが仕方ない。






 僕の家の家族はどうも僕に過保護な節がある。
おそらく呪いのせいだろう。魔術界を牽引するシューベルト家を持ってしてでも僕の呪いを解くことはおろか呪いの根源を見つけることもできなかったのだ。そりゃ、過保護にもなるはずだ。自分たちが出せるよりも高度な魔術の呪いをかけられたのだから。それに僕が5歳の時に誘拐されかけたことも大きく関係しているだろう。魔術であらゆる事件を華麗に対処する兄と違って、僕は魔術が使えなかったのであの時は家全体が焦っていたそうだし、なんなら僕も殺されそうになっててすごく焦っていた。だからそれ以来、僕がどこに行くにしても必ず家族の誰かが着いてきていたし、そもそも家族があまり外に出したがらなかった。
 でもさすがにここまで来ると、ちょっとやばいな~このままいくと僕、箱入り息子すぎて将来絶対苦労するな~って思ったからギャンギャン泣いて寮に行くのを引き止める父さんと母さんを説得し、最終的に
「僕の願いを聞いてくれなきゃ、もうハグしない!」で親元を離れることに成功したのだ。 長い戦いだった。





 なんて考えていると、突然馬車が止まった。外を見るとロングストン学園の大きな特徴である赤い屋根が見える。
 
 そろそろだ。僕の学園での生活が始まる!




ところで、兄よ。もう着くからハグをやめてくれ。
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