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第40話:カザドの島

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 ドワーフたちの隠れ里は、奇妙な見た目の島であった。

 真っ白い煙を吐き出す背の高い山を中心に、扇状に大地が広がっている。
 緑は少ないわけではないが、その分布が偏っていた。島の半分は白い岩肌が占拠しており、もう半分は森が覆っている。まるで小さな子供が絵の具をぶちまけて塗ろうとして、それを途中でやめたかのような印象だ。

 入り江から海岸に着けた小舟から降り、エルは白い岩々の丘を見上げた。
 岩には無数の穴が開いている。そこには窓枠が取りつけられ、そして扉が設えられているようだ。
 岩石をくり抜き、そのまま住居にしているのである。エルには馴染みのない建築様式だった。

「わぁ。なんだか不思議な光景ですね。元々あった穴ではないですよね? 一体どうやって掘ったのでしょうか?」
「あん? そりゃあツルハシで――」

 ジヌイと共に小舟を浜辺に引きずり上げながら、ヴァルロが口を開いた瞬間だった。

「おいッ! お前らそこでなにをしておる!」
「あ?」

 野太く大きな声が響き渡り、ヴァルロが訝しげに振り返る。
 見れば背の低い数人の男たちが、海岸沿いをよたよたと駆け足で近づいてくるところであった。

 彼らは皆ずんぐりむっくりとした体格だ。手足が短く、エルやレウシアよりも背が低い。
 しかしその顔は豊かな髭に覆われており、お腹はぽっこりと出ているが、毛深い手足はよく鍛えられた筋肉で太く隆起していた。

 服装は布ではなく、革素材中心の装いをしている。ひどく軽装の革鎧を直接肌に身に着けたような格好だ。
 背の低い男たちは小舟の前まで辿り着くと、長身のヴァルロをぎろりと見上げ、その中の一人が分厚い胸板を張って大声で怒鳴った。

「ここでなにをしておるッ! ここはカザドの地じゃぞッ!」
「だからなんだよ? 相変わらず声のでけぇ奴らだな。まあいい。てめぇらじゃ話になんねぇから、暇ならドゥブルの奴に客が来たって伝えてこい」
「ぬ、ぬん?」

 面倒くさそうに頭を掻いてヴァルロが言いつけると、怒鳴った男は意外そうに顔をしかめて、背後の仲間たちを振り返った。
 さらにもう一人の髭もじゃ男が進み出て、やはり胸板を強調するような姿勢で告げる。

「儂がドゥブルじゃ! おぬしらは何者じゃッ! ここはカザドの地じゃぞッ!!」
「あ? ふざけてんのかてめぇ? 遊んでやる暇はねぇんだよ。そのしょっぺぇ髭を引っこ抜かれたくなけりゃ、さっさとドゥブルんとこ行ってこい」
「ぬ、ぬぅん?」

 ドゥブル、と名乗ったはずの男は首を引っ込めるように両肩を竦め、情けなさげに背後の仲間たちを振り返った。
 小男たちは目配せをして頷き合うと、さささっと寄り集まって会議を始める。

「なあ? なんか聞いてた話と違うぞ?」
「人族の連中は、俺らの見た目の区別がつかないんじゃないのか?」
「お、俺の髭を〝しょっぺぇ髭〟って、父ちゃんみたいなことを言ったぞ!?」
「たしかにビトゥルの髭はしょぼい」
「うん、しょぼい」
「こ、これからしょぼくなくなるんだよっ!」

 内緒話のつもりなのだろうが、声が大きいので丸聞こえである。

 ヴァルロが舌打ちをして振り返ると、小舟から降りたレウシアが、ほとんど一人でそれを引きずっていくところであった。ジヌイが縄を持って追従している。手近な岩に小舟を括りつけるつもりらしい。

 エルは大声で秘密会議をする男たちをまじまじと見つめ、近寄った。――彼らがドワーフ族なのだろう。

「――あ、あの」
「ぬあっ!?」

 声をかけると、ドワーフたちは飛び上がるほど驚いた。
 ささっとエルから距離をとり、その顔をじっと観察し、目を丸くする。

 一人の髭もじゃが口を開いた。

「うわぁっ!? この姉ちゃん、つるつるだっ!?」
「へっ?」

 その叫びを皮切りに、ドワーフたちの驚愕の声が連鎖した。
 彼らはぽかんと口を開けて固まるエルを取り囲み、口々に大声で感想を述べる。

「すげぇっ、つるつるだっ!」
「つるつるだっ! マジでつるつるだっ!!」
「俺、初めて見たよ! つるつるの女っ!」
「やべぇよ、なんか白いぞっ! 白くてつるつるだっ!!」
「うわあああっ!? つるつるだぁぁっ!」

 エルの顔が真っ赤に染まり、ぱくぱくとわななく口から「なっ、なっ、なっ!?」と声が漏れる。――彼らがなにに驚いているのかさっぱり意味はわからないのだが、なんだか辱められた気分であった。

 銀髪の少女が羞恥のあまり俯くと、小舟を浜に固定し終わり、とてとてと近づいてきた竜人ドラゴニュートの少女がその顔を下から覗き込み尋ねる。

「……える、つるつる、なの?」
「やめてくださいっ!?」

 バッと両手で顔を覆い隠し、エルはへたりとその場にしゃがみ込んだ。
 こてんと首を傾げるレウシアの背後で、ぎゃりんと鞘から剣が抜かれる音が響く。

「っ!?」

 思わず隠していた顔をあげ、エルの口から「ひゅっ」と鋭く息が漏れる。
 抜き身の剣を手にしたヴァルロが、ドワーフたちに近づいていくところであった。

 ――彼らを傷つけ、脅すつもりなのだろうか。
 エルが制止の声を出そうと息を吸い込んだその瞬間、髭もじゃたちから歓声があがった。

「うわぁっ! すげぇッ!! おじちゃん、それミスリルの刀身かい!?」
「ひょぉわぁッ! 見せ、見せてぇぇっ!!」
「すげぇすげぇッ! 外の人族がなんでそんなもの持ってるんだいッ!?」
「見たい見たい、見せてぇッ! 貸してぇっ!!」

 ヴァルロは苦笑して剣を差しだす。

「ほらよ。鼻水つけんじゃねぇぞ」
「うひぉあ! すげぇや! 外の鍛冶師はクソだって父ちゃんは言ってたけど、ミスリルを打てる奴もいるんだねぇっ!」
「……でもこの剣、なんか状態が悪くない?」
「ありゃ、本当だ。柄が歪んじゃってるね」
「研いでねぇ、研いでねぇよぉ……」
「……なんか、可哀そうな剣だねぇ」

 受け取った剣を矯めつ眇めつ観察しながら、品評を始めるドワーフたち。
 輝いていた瞳がじっとりとした目つきに変わり、その視線が持ち主へと集まると、ぼりぼりと頭を掻きながらヴァルロは言った。

「だから、ドゥブルの奴に会いに来たつってんだろうが。その剣はあのジジイの作ったもんだよ」
「なるほどっ! わかったよ! 可哀そうな剣のおじちゃん!!」
「そっか! 可哀そうな剣のおじちゃんは剣を直しに来たんだねっ!!」
「最初からこれを出せよ! 可哀そうな剣のおじちゃん!」
「いやいや、恥ずかしかったんだろ? そうだよね? 可哀そうな剣のおじちゃん!」
「……さっさと行けッ!」

 ヴァルロが大声で怒鳴りつけると、ドワーフたちは『はーい』と声を揃えて返事をし、剣を持ったままぴゅーっと岩山のほうへ走り去っていった。
 不思議そうにその背中を見送るレウシアと、呆気にとられたような顔でヴァルロとドワーフの消えた先を見比べるエル。

 ジヌイが軽く嘆息し、訝しげな声で尋ねた。

「持ってかれちまいましたけど、いいんですかい?」
「ああ? 平気だろ。ガキだろうがドワーフはドワーフだ。武器を粗末に扱ったりはしねぇよ」
「へっ!? あ、あのっ、あの方々は、子供なのですか?」

 男二人の会話を聞いて、エルが衝撃に目を見開く。
 ヴァルロとジヌイは顔を見合わせ、

「いや、見りゃわかるだろ?」
「そっすね。俺ぁガキは苦手っす」
「あん? 俺だって苦手だよ。それをてめぇ、さっさと任せて逃げやがって」
「そうは見えねぇっすけど……」
「あ? どういう意味だ犬っころ」

 話し合う彼らを、エルはぽかんとした顔で見つめる。

「……にゃー、だ」

 レウシアがついっと空を仰ぐと、船着き場を目指す【ムエット・ノアール】号から離れた鳥が、白い岩肌を越えて森のほうへと向かっていった。
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