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人生二度目のプロポーズはご都合主義
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「日本人てさ、凄く矛盾してると思わない?」
ぱたん、と静かに本を閉じた彼女が突然そんな事を言ってきた。
一体今度は何の本に影響されたのだろうと思いながら彼女が閉じた本の背表紙を確認してみると、「盾と矛の歩み寄り」と書かれていた。
どんな内容なのかと想像を膨らませてみようと思ったが、彼女が本を持ったまま、真新しいソファーに腰をしずめて僕をじっと見ていたのでやめておいた。
「何だ急に」
「だってそうでしょ?善は急げって言ったと思ったら、急がば回れだとか、急いては事を仕損じるだとか言うじゃない。じゃあ一体どうしろって話にならない?」
明らかに本の影響を受けているであろう質問だが、彼女の言うことは言われてみれば確かにそうだ。
善は急げ、つまり、良いと思ったことは迷わずにすぐさま行動すべきである、という意味だが、良いと思ったことをやろうとすると、「急いては事を仕損じるよ」なんて言われたりすることもある。
「日本人の特徴だよなぁ、それ。結局急げって言ったり急ぐなって言われたり、一見そのルールでがんじがらめになってる」
ルールを嫌いながらもルールがないと不安になってしまうのは、日本人という人種の性なのか。
それでもってとんだご都合主義でもあるのだ、日本人とは。
都合の良い時に、都合の良い方を選択して自分や相手を言いくるめる。
これもまた言い訳をしているとも思えなくもない。
「私もさ、凄く思ったの、この本を読んで。日本人って凄く都合の良い事ばっかり考えてるんだなって。そして私もそんな日本人なんだなって」
大切そうに表紙を指でなぞる彼女の表情は決して暗いものではなく。
ただそれを受け入れているような、妙に納得している様な、そんな表情をしていた。
憂う事ではなく、ただ自分自身という存在を、そうやって認識しているかの様な。
そんな空気だ。
「でもさ、僕はそれで良かったと思ってるよ。人間いつかは決心しないといけない時が来るわけで、その時に、よく見極めて、それでもって、それでも良と思えるなら、後は突っ走るだけってか」
自分のこの全体の何分のイチかにも満たない人生を思い返してみると、意外と「急いては事を仕損じる」という言葉が当てはまって、「急がば回れ」という言葉の通りに生きてきたのは、決まって人生の転機を迎える時だ。
例えば高校の受験なんかそうだ。
自分は将来どうなりたくて、何科の学校に向かうのかを考える時期でもある。
その大半は普通科かもしれないが、普通科一つとっても、やりたい事が何なのかによっては選ぶ高校も変わってくる。
スポーツでプロを目指している人達なんか特にそうだった。
野球やサッカーなんかは良い例だろう。
大学を受験する時も同じだ。
高校を選ぶ時よりもより多くの学科が増え、場所も変わってくる。
ひとり暮らしを始めるタイミングもこの大学入学のタイミングが多いだろう。
僕だって散々色んな大学のオープンキャンパスに参加して、学科についても出来る限り調べたものだ。
ここの大学が良いと思ってもすぐにはそこを目指さず、まずオープンキャンパスと言うなの下調べをして、似たような別の大学も探してみる。
つまりこの場合、僕の選択肢としては「急がば回れ」を選んだのだ。
そりゃあそうだ、誰だって将来を決めるのに直感で選ぶ人なんて。
いや、世の中には勿論そういう人もいるだろうし、成功者と呼ばれる人たちはもしかしたらその傾向が強いのかもしれない。
それでも僕は、自分のとった選択が失敗だったとは思わない。
それなりの高校に行くとか、それなりの大学に行くとか、自分がしてきた事は今の僕に繋がっているし、それがあるから今の会社にも就職出来たと思うのだ。
職選びをする時ももちろん、「急がば回れ」であり、「急いては事を仕損じる」だった。
様々な企業がある中で、どの会社なら自分の人生を預けられるのか。
勿論その先の転職という選択肢も配慮しつつではあるが、それでも僕は、今の会社に就職して、失敗したと思ったことはない。
「じゃあ、私と一緒になることも?」
ほんのりと顔を赤らめながら僕をのぞき込んでくる彼女の姿に、僕まで顔が熱くなる。
男は女以上にロマンチストだと聞いたことがあるが、多分男のロマンと女のロマンは全くの別物だろう。
「そりゃあね。僕だって決心するまでに何度も立ち止まって考えた。自分のこれからの人生の事だし、君にとってもそれは同じだからね」
急いで決めてしまって、結果互いに傷付くなんて未来を避けたいのは僕だけじゃないはずだ。
結婚を意識しているなら誰でもそうだろう。
「散々考えた。凄い最低な事も含めて」
「最低な事って?」
「結婚をするにあたって、他の女性はどうなのかとか、自分には君だけなのかとか。」
今だから言うけど、と付け足せば、やはり彼女はとても苦い表情をした。
そりゃあそうだろう、今彼女に向けた言葉は、本当に最低だと思う。
だけど自分の人生をかけて、支えたいし支えてほしい女性は誰なのかと考えてしまうのだ。
「でもやっぱ、おまえしか浮かばなかったよ僕は。だから君を選んだし、自分の選択は間違っていないとも思ってるよ。君となら、喧嘩したり、家庭が例え崩壊寸前になったとしても、結果オーライ、どうにか出来るんじゃないかって思ってる。だから君を選んだんだ」
自分の中で結論が出てしまえば、それこそ後は、「善は急げ」だった。
自分の貯金が幾らあるのか確認して、彼女が寝てる間に指輪のサイズなんかも実はこそっとはかって、バレないように指輪を買いに行き。
ここでも指輪を選ぶのに、やっぱり僕の直感ではなくて、色々なブランドや店を調べたりもして、一番自分の中の彼女のイメージに似合うものを選んだつもりだ。
もっと良いデザインがあったんじゃないかとか、そんな事は決めたらもう考えない。
それでもって、
「結婚してください。そう言った時の僕は、善は急げだっただろうな。それまでは「急がば回れ」だし「急いては事を仕損じる」だった」
「…さらっとそういう事言うんだから…」
耐えられなかったらしく、ついには顔を真っ赤にして自分の膝に顔半分を埋めてしまった彼女は、上目遣いで僕を見た。
「都合良い男だって思う?」
「ううん…思わない」
人間、誰だって都合は良いもんなんだろう。
善は急げなのか、急がば回れなのか、急いては事を仕損じるなのか。
多分人生はそれの繰り返しなんだろう。
それでもって、そんな先人の都合の良い言葉に背中を押されたり、立ち止まってみろと言われたりするのだ。
僕みたいにね。
ぱたん、と静かに本を閉じた彼女が突然そんな事を言ってきた。
一体今度は何の本に影響されたのだろうと思いながら彼女が閉じた本の背表紙を確認してみると、「盾と矛の歩み寄り」と書かれていた。
どんな内容なのかと想像を膨らませてみようと思ったが、彼女が本を持ったまま、真新しいソファーに腰をしずめて僕をじっと見ていたのでやめておいた。
「何だ急に」
「だってそうでしょ?善は急げって言ったと思ったら、急がば回れだとか、急いては事を仕損じるだとか言うじゃない。じゃあ一体どうしろって話にならない?」
明らかに本の影響を受けているであろう質問だが、彼女の言うことは言われてみれば確かにそうだ。
善は急げ、つまり、良いと思ったことは迷わずにすぐさま行動すべきである、という意味だが、良いと思ったことをやろうとすると、「急いては事を仕損じるよ」なんて言われたりすることもある。
「日本人の特徴だよなぁ、それ。結局急げって言ったり急ぐなって言われたり、一見そのルールでがんじがらめになってる」
ルールを嫌いながらもルールがないと不安になってしまうのは、日本人という人種の性なのか。
それでもってとんだご都合主義でもあるのだ、日本人とは。
都合の良い時に、都合の良い方を選択して自分や相手を言いくるめる。
これもまた言い訳をしているとも思えなくもない。
「私もさ、凄く思ったの、この本を読んで。日本人って凄く都合の良い事ばっかり考えてるんだなって。そして私もそんな日本人なんだなって」
大切そうに表紙を指でなぞる彼女の表情は決して暗いものではなく。
ただそれを受け入れているような、妙に納得している様な、そんな表情をしていた。
憂う事ではなく、ただ自分自身という存在を、そうやって認識しているかの様な。
そんな空気だ。
「でもさ、僕はそれで良かったと思ってるよ。人間いつかは決心しないといけない時が来るわけで、その時に、よく見極めて、それでもって、それでも良と思えるなら、後は突っ走るだけってか」
自分のこの全体の何分のイチかにも満たない人生を思い返してみると、意外と「急いては事を仕損じる」という言葉が当てはまって、「急がば回れ」という言葉の通りに生きてきたのは、決まって人生の転機を迎える時だ。
例えば高校の受験なんかそうだ。
自分は将来どうなりたくて、何科の学校に向かうのかを考える時期でもある。
その大半は普通科かもしれないが、普通科一つとっても、やりたい事が何なのかによっては選ぶ高校も変わってくる。
スポーツでプロを目指している人達なんか特にそうだった。
野球やサッカーなんかは良い例だろう。
大学を受験する時も同じだ。
高校を選ぶ時よりもより多くの学科が増え、場所も変わってくる。
ひとり暮らしを始めるタイミングもこの大学入学のタイミングが多いだろう。
僕だって散々色んな大学のオープンキャンパスに参加して、学科についても出来る限り調べたものだ。
ここの大学が良いと思ってもすぐにはそこを目指さず、まずオープンキャンパスと言うなの下調べをして、似たような別の大学も探してみる。
つまりこの場合、僕の選択肢としては「急がば回れ」を選んだのだ。
そりゃあそうだ、誰だって将来を決めるのに直感で選ぶ人なんて。
いや、世の中には勿論そういう人もいるだろうし、成功者と呼ばれる人たちはもしかしたらその傾向が強いのかもしれない。
それでも僕は、自分のとった選択が失敗だったとは思わない。
それなりの高校に行くとか、それなりの大学に行くとか、自分がしてきた事は今の僕に繋がっているし、それがあるから今の会社にも就職出来たと思うのだ。
職選びをする時ももちろん、「急がば回れ」であり、「急いては事を仕損じる」だった。
様々な企業がある中で、どの会社なら自分の人生を預けられるのか。
勿論その先の転職という選択肢も配慮しつつではあるが、それでも僕は、今の会社に就職して、失敗したと思ったことはない。
「じゃあ、私と一緒になることも?」
ほんのりと顔を赤らめながら僕をのぞき込んでくる彼女の姿に、僕まで顔が熱くなる。
男は女以上にロマンチストだと聞いたことがあるが、多分男のロマンと女のロマンは全くの別物だろう。
「そりゃあね。僕だって決心するまでに何度も立ち止まって考えた。自分のこれからの人生の事だし、君にとってもそれは同じだからね」
急いで決めてしまって、結果互いに傷付くなんて未来を避けたいのは僕だけじゃないはずだ。
結婚を意識しているなら誰でもそうだろう。
「散々考えた。凄い最低な事も含めて」
「最低な事って?」
「結婚をするにあたって、他の女性はどうなのかとか、自分には君だけなのかとか。」
今だから言うけど、と付け足せば、やはり彼女はとても苦い表情をした。
そりゃあそうだろう、今彼女に向けた言葉は、本当に最低だと思う。
だけど自分の人生をかけて、支えたいし支えてほしい女性は誰なのかと考えてしまうのだ。
「でもやっぱ、おまえしか浮かばなかったよ僕は。だから君を選んだし、自分の選択は間違っていないとも思ってるよ。君となら、喧嘩したり、家庭が例え崩壊寸前になったとしても、結果オーライ、どうにか出来るんじゃないかって思ってる。だから君を選んだんだ」
自分の中で結論が出てしまえば、それこそ後は、「善は急げ」だった。
自分の貯金が幾らあるのか確認して、彼女が寝てる間に指輪のサイズなんかも実はこそっとはかって、バレないように指輪を買いに行き。
ここでも指輪を選ぶのに、やっぱり僕の直感ではなくて、色々なブランドや店を調べたりもして、一番自分の中の彼女のイメージに似合うものを選んだつもりだ。
もっと良いデザインがあったんじゃないかとか、そんな事は決めたらもう考えない。
それでもって、
「結婚してください。そう言った時の僕は、善は急げだっただろうな。それまでは「急がば回れ」だし「急いては事を仕損じる」だった」
「…さらっとそういう事言うんだから…」
耐えられなかったらしく、ついには顔を真っ赤にして自分の膝に顔半分を埋めてしまった彼女は、上目遣いで僕を見た。
「都合良い男だって思う?」
「ううん…思わない」
人間、誰だって都合は良いもんなんだろう。
善は急げなのか、急がば回れなのか、急いては事を仕損じるなのか。
多分人生はそれの繰り返しなんだろう。
それでもって、そんな先人の都合の良い言葉に背中を押されたり、立ち止まってみろと言われたりするのだ。
僕みたいにね。
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