鷲は恋を運ばない

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一話

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 梅雨が明けた七月、各地の神社や自治体では、祭りの準備が始まっていた。
 色とりどりの短冊が下がる笹、大きな吹き出しや紙衣、折り鶴などが町の至る所に飾られる。
 舞が住む家の近所にある商店街も、去年同様、次々と飾り付けがされていく。
 祭りそのものは神社が主体になって毎年執り行っているが、町おこしの一環で、いつからから、神社と商店街が共同で飾り付けを行う事になり、それが今年まで続いていた。

 通っている高校からの帰り道、舞は学生鞄を肩から下げて、からっとした暑さの中、その商店街を通る。
 普段は商店街で本屋を営むおじさんが、法被を着て、町を飾り付けていた。
 本屋のおじさんだけでなく、商店街で八百屋を営むご夫婦や、最近跡を継いだらしい畳屋のお兄さん、商店街に似つかわしくないコンビニの店員も、揃って準備を行っていた。

「おう舞ちゃん、お帰り!」

 本屋のおじさんに声をかけられると、舞は笑って「ただいま」と挨拶を返した。
 商店街の人たちの殆どは、舞が小さい頃から家族そろってお世話になっている、いわば、家族ぐるみの付き合いの様な人たちだ。
 今時珍しいとも思うが、七夕祭りを主催する神社が家の近くにある様な場所では、そんな事もある。
 二人の会話に気が付いて、他にも次々と舞に声をかけていく。
 舞は、笑顔で一人一人に挨拶を返しながら、商店街を抜けきった。
 七夕祭りの飾りを見ると、舞の胸は、ときめいてしまう。
 それは飾りが綺麗なのもあるが、七夕の日だけにしか出会えない人に会える、大切な日が近づいている事を告げているかの様だからだ。

 舞が初めて『一年に一度しか出会えない人』に会ったのは、まだ幼稚園ほどの小さな頃。
 ある年の七夕祭り、小さかった舞は浴衣を着て、あちこちの屋台に目移りをしていた。
 そのせいで家族とはぐれてしまい、運悪く履いていた下駄の鼻緒まで切れて、転げたのだ。
 賑わいで大人たちは舞に気付くことはなかった。
 小さかった舞は、心細さと転んだ痛みから泣き出した。
 泣き声でようやく大人たちが舞に気付き、舞と同じ年頃の子供を持った親たちが、次々と舞に大丈夫かと声をかけ、立ち上がらせて、甲斐甲斐しく世話をした。
 知らない大人たちだったが、親切にしてくれたこともあって舞はすぐに泣き止んだ。
 ただ、その中に舞の両親の姿はなかった。
 小さかった事もあり、大人たちが親の特徴や、浴衣を着ているかなどを聞いてくれたが上手く答えられなかった。
 困り果てた大人たちは、ひとまず舞を迷子センターに連れて行こうかと話していた。
 そんな中、舞より少しお兄さんらしき、薄青い爽やかな色合いの浴衣を着た子供が、言った。

「この子のお父さんたち、見たよ」

 と。
 その男の子は日焼けを知らない白い肌に、中性的な顔立ちをした黒髪の男の子だった。
 薄青い色の浴衣に紺色の帯を巻いた、白い肌の男の子。
 大人が驚くほど手先が器用だった様で、鼻緒が切れてしまった舞の下駄の応急処置までしてくれて、男の子に手を引かれて、親元に戻ることが出来た。

 初めてその男の子と出会った翌年、偶然、その男の子を見つけた。
 舞は、相手は覚えていないだろうと思っていたが、薄青い浴衣に紺色の帯を巻いた男の子は舞を見て言った。

「今日ははぐれちゃだめだよ、舞ちゃん」

 名前を教えた記憶はないが、両親とはぐれてしまった心細さから、もしかしたら教えていたかもしれないと、舞は思った。
 そして小さな舞は、その男の子に大きく頷いて笑顔を向けた。
 男の子のそばに、両親と思わしき大人は居なかった。

 その翌年も、更に翌年も、薄青い浴衣の男の子は祭りに参加していた。
 その男の子とは、不思議なことに年に一度、神社が主催する七夕祭りの時にだけ会えた。
 近隣に住んでいないのか、舞は近所でその子を見た事がない。
 だから、毎年親に付き添って里帰りか何かで祭りに参加しているのだろうと考えた。
 毎年、舞を見かけると必ず声をかけてくれる。
 舞はそれが嬉しくて、いつか、祭りの日以外にも会えたら良いのにと思うようになっていった。
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