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過去と向き合うこと

輪廻の残り香

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 キーアの仕事は一段落ついた様で、まとめの作業に入った。

 私はキーアから許可を貰って、お父さんの記述がある本を貸してもらった。
 出版しても問題がなさそうなほど綺麗に纏められている本に書かれているのは、まだお母さんと出会う前の、お父さんの事だ。
 南方の出身で、勇者として鍛錬を積み、魔王を倒すことを目的として旅をしていた事。
 小さかったランを助けた事で、考えが変わった事。
 ルーンサイトについた頃には、すでに聖剣を手にしていたことも書かれていた。

 そして、お父さんが、天神族てんじんぞくから聞いた話。

「…」

 本をそっと閉じて、私は庭に視線を向ける。
 もうガーデンテーブルにサイトゥルはいなかった。
 メイは落ち着いてきた様で、リオンに頭を下げている。
 きっと、色々お世話してくれてありがとうとか、ごめんなさいとか、そんな所だろうか。

――それで解決なのであれば、何故、今の今まで一つたりとも物事が進展していない?先代や先々代、その更に前の勇者で魔族との睨み合いが終わらないのは何故だ?

――まるで、永遠に終わらせないと誰かに言われている様ではないか

 元王様代理――現デイスターニア国王、これは、永遠に終わらないものだったんだよ、と、そう、言ってやりたい。
 形を変えても、終わらない。
 終われない。
 魔王も勇者も、世界が続く限りあり続けなければいけないのかもしれない。

 本に書いてある事が本当かはわからない。
 天神族が語った事が嘘かもしれない。
 もしかしたら、お父さんがキーアの父親に語った事が嘘かもしれない。
 だけどもし本当なのだとしたら。

――ニンゲンは俺たちからの恩も忘れて!

 何が本当で、何が嘘なのか。
 すべてが本当かもしれないし、嘘かもしれないけど。

「ねえキーア」
「はい?」

 私の呼びかけに、本に向かってペンを走らせていたキーアが顔をあげる。

「どうしてこれを、公表しないの?」

 私の持っている本の表紙を、指先でそっとなぞる。
 キーアは軽く首を横に振った。

「ハイシアさんに影響を与えた人の言葉を借りるなら、ルーンサイトには今、後ろに着いてくるものが居ないんです。国として、人間の代表としての名声も地位もありません。それが理由です。どの国も、デイスターニアから兵力を輸入している。デイスターニアの判断がすべてになります。残念ですが、今の人間族の代表は、このルーンサイトの王ではなくデイスターニアの王様なんです。代替わりが終わったばかりで、初めての外交の相手が魔族だと聞いています。そんな状態でこれを公表するにはタイミングが悪い。東方も南方も、デイスターニアの発表には難色を示しているから、デイスターニアはその対応に追われる事になるでしょう。ルーンサイトの王様は、デイスターニアと一緒に魔族との対話をはかりたいと考えているんです。そのためには、順番がありますから。昨日も言いましたが、この国は今、山賊の問題を抱えています」
「本当、よくわかってんのね、あんたって」

 キーアが色んなものを見てきた事は、間違いないだろう。
 小さな村で育てられた私と違い、キーアは、きっと私以上に様々な人の話を聞いて、それを記してきたはずだ。
 私よりも年下でありながら、頭の中は、その辺を歩いている街の人よりも良い。
 だから、見えるものが多いんだろう。

「山賊の問題が片付いて、デイスターニアと会談を行って、まずはデイスターニアの施策にのる。それが軌道に乗って、その時にデイスターニアの王に余裕が生まれていれば、その時に話をするつもりなんじゃないかな」
「国がどうのって面倒くさいのね」

 私の言葉にキーアは苦笑いを浮かべた。

「ねえ、この五十冊の中に、ダークエルフの事はある?」
「ダークエルフですか?」

 不思議そうに私を見たキーアは、暫く何かを思い出す様に考え、そして、首を横に振った。

「ダークエルフの出自は、確か、魔族との戦争よりも前だったはずだから…燃やされたと思います。この五十冊の中にはないです」
「…そ」
「代々の勇者の語りの中にエルフ族の事はありますが、どの代も、ダークエルフの話は出てこなかったと記憶しています」
「そっか」

 本を棚に戻して、その五十冊の背表紙を眺めた。
 長い年月のはずなのに、それでも、以前の事はもみ消されてしまった。
 当時のデイスターニアの国王もそれだけ必死だったんだろうけど、なんでまた、戦争なんて馬鹿なことを仕掛けたのか。
 そして。
――そして、あの牛頭のメイドと山羊頭の執事が、どうして後ろに控えている兵士たちでも、セフィアでも、メイでもなく、私とリオンに視線を向けたのか。
 リオンは何かを知っているんじゃないかと、そんな事を、考えた。
 私の考えすぎなのか、気のせいなのか。
 そうも思う。
 別にシーアラの判断を疑っているわけじゃない。
 だが、よくよく考えれば不自然な点が多い。
 普通、国に従事している大佐が、疑わしい者を勇者の教育係に任命するだろうか。
 悪い大人だし、何かしら、調べたうえでの判断だという事は分かる。
 けど、決定までにあまりに時間が短かった様にも思う。

――俺、オマエの旅、ついていく。頼まれた

 一体、誰に?
 シーアラからだと思っていたけど、リオンは、シーアラから頼まれたとは言わなかった。
 どうして?
 考えすぎなのだろうか、私の。
 考える事は、性に合わない。
 合わない事はするもんじゃないな、と思った。



   ***



 時間が出来たから、庭に出る事にした。
 太陽はまだ空にあって、噴水が静かに流れる音だけが響いていた。
 ガーデンテーブルがある方に向かって歩いていくと、丸まったメイの背中と、ぼーっとしているリオンと、控えているだけのメイドがいる。
 一歩近づくと、リオンが私に気付いてメイの肩をつつく。
 そしてリオンが私を指さすと、メイが振り向いて、また泣きそうになっていた。

「メ~イ~?なーに泣いてんのよ」
「は、ハイシア…だって…」

 メイに近付いて椅子に腰かけると、メイドがティーカップを用意して紅茶を淹れてくれた。

「で?サイトゥル、なんか言ってた?」

 私の問いかけに、メイは力なく首を横に振った。

「何も…。なにもね、言わなかったの…ただ、黙って聞いてて…それでね…ただ、そうだなって。それだけだったの」

 あの雷親父一級保持者が何も言わないというのは想像がつかなかったが、メイが言うならそうなんだろう。
 メイに対して何を思っているのか、メイの怒りを見て、サイトゥルが何を思ったのか、気にはなったけど、きっと、メイやリオンには、聞いたって答えないだろう。

「そ。良いんじゃない?別に」
「良くない!ぜんぜん、良くないよ…」
「何がそんなに納得いかないの?メイは」
「だって…」

 弱々しくも、メイはぽつりと呟く。

「お友達を殺されそうになったら、誰だって、嫌でしょう…?」

 そう言って、紅茶の入ったティーカップを両手で包んだメイに、私はただ、そうだねと返した。
 私がランを殺したくなくて抗った様に、メイはきっと、抗ってくれたんだろう、その時のサイトゥルに。
 けど、目の前に居るのはその時のサイトゥルではない。
 何年という月日を眠って過ごしたサイトゥルなのだ。

「メ~イ~、ありがと」

 両手でおもいっきり、メイの頭をわしゃわしゃと撫でつけてやった。
 メイは突然の事に驚いて、長い髪が頬を擽ったのか「くすぐったいよ、もう」と言って、小さく笑んだ。

「私は幸せ者だよね。そうやってさ、怒ってくれる友達が居るんだから」

 さっきキーアに言った事と同じことを口にすると、メイは目を見開いて、それから大きく頷いた。
 くしゃくしゃにしたメイの髪を手櫛で整えてから、私も紅茶に口をつける。
 良い茶葉ってやつなのか、それとも淹れ方が上手いのか、紅茶は美味しかった。

「ハイシアは、何をしてたの?」
「キーアの仕事の手伝い。歴史を記録するって、色んな事聞かれたんだから」
「え、そうなんだ…恥ずかしい事とかも?」
「そ~、小さい頃に稽古サボってた~、とかね」

 にしし、といたずらっ子の様に笑うと、メイもつられて笑う。
 歴代の勇者が語った事は、メイには、話せなかった。
 メイは薬師として修業を積むために、旅に同行しているから。
 余計なことは、知る必要がない。
 背負う必要はないと、そう、思う。

「今日は、これから、どうする」

 リオンがぼんやりとしながら聞いてくる。
 私は「そうね」と考えだす。
 やりたい事は山ほどあるが、山賊の問題というのも気になった。
 ただ、早くエルフの森に行って、お母さんや天神族の住む場所に行く方法も知る必要がある。
 それからサイトゥルの事も、いい加減、どうにかしなきゃいけない。
 どうにかしなきゃいけないというのは、もちろん、私の心の持ちようの問題なわけだけど、エルフの森に行く前に、決着をつけておかないといけない気がした。

「今日は~…自由!」
「え、自由…?」

 考える事が面倒くさくなって両手を広げて言う私に、メイはぽかんと口を開く。

「メイだって、せっかくルーンサイトに居るんだから、新しい調合の本とか、薬草とか見たいんじゃない?」
「え、う、うん…見たいけど…」
「じゃあ良いじゃない。自由」
「もう…ハイシアったら…」

 私の言葉に、リオンはどうするかと考えていた様だった。
 ぼんやりとした目が、どこか、空を眺めている。

 リオンが何処へ行くかまでは決まらないまま、紅茶を飲んで、私たちは一日、自由行動をする事にした。
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