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これがいわゆる始まりってやつ

大人の本気ってやつ

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 村長に、魔王の世代交代の事を教えられた日から色んな事を考えた。
 考えないと、大人が凄く怖いから。
 今まで頭にたんこぶのお団子が三つ出来ていた様な状況は、全然『本気』じゃなかったんだって事を知った。
 大人の本気はとても怖くて、サボらせてくれなくて、すっかり抜け出してサボる事をやめてしまった。
 そんな私に、先生を含めた大人は、褒める事も、ましてや心配する事もなかった。
 その代わり、私が勉強の合間に外へと出る事に対しても、怒ったりする事はなくなった。

「ハイシア、だいじょうぶ?」
「メイ…うん、だいじょうぶ」

 村の広場にあるベンチに座って、今日もピリピリとしている大人たちを目線だけで追いかけた。
 鈴のような可愛い声がして、同時にベンチの空いてるスペースにちょこんとメイが座る。

 綺麗な緑色の髪の毛を三角巾でまとめている、ぱっちりとした青い眼の女の子。
 生まれたときの神託は魔導士だったけど、メイは、お母さんの事がすごく大好きで、魔導士ではなく薬師を目指してるんだって。
 私が魔物の言葉がわかるって事を、村で唯一信じてくれている子だ。
 あと、食べ物を食べてる時はリスみたいになる子。

「なんか、急に変わっちゃったね。村長さんも、兵士さんも」
「うん。なんか怖い。村長も、サイトゥルも、あんなに怖い顔してるの初めて見たよ」
「え?!あんなに、毎日お稽古サボって怒られてたのに?!」

 メイがぎょっとして、まんまるの目がさらにまんまるになる。

「そんなに驚くことないじゃん!」
「だ、だって、村の子供たちのなかでハイシアが一番怒られてるから…つい…」
「『つい』じゃないー」

 文句が出るものの、確かにメイの言う通りだ。
 この村で、誰よりも村長や先生、サイトゥルを怒らせてきたと自分でも思うし、当然、本気で怒られているとも思っていた。
 たんこぶの団子が三つ頭に出来るのだって、本気で怒ったからだ。そう認識していたのに、本当はそんな事なんかなくて。
 死ぬかもしれないなんて、メイには、言えなくて、普段通りを装った。

「あ、そうだ。あのね、ハイシア」

 何かを思い立った様に、メイが、肩から下げていた小さいポシェットをガサゴソとあさりだす。
 不思議に思って暫くその様子を見ていたら、ポシェットからは透き通った緑色の液体が入った小瓶が出てきた。

「これ、ハイシアにあげる!これね、初めて成功したんだ!」
「え、それってポーション…?うわぁ…メイ、よくやるねー…凄いや…ほんとに貰っていいの?」
「うん!ハイシアに使ってほしいの!」

 メイの持つ小瓶を見ていると、村長が言ってた事を思い出す。
 剣術の稽古をサボってようが、勉強をサボってようが、本当に『その時』が来たら、大人たちは私の事を勇者として村から送り出す気があるんだろう。
 あんなに怖い顔で、スキのない尖った空気を出されたら、子供の私は逆らう事も出来ない。
 もし嫌だと言っても、力尽くで連れ出すに決まってる。

「ありがとう、メイ」

 メイが初めて作ったポーションを受け取って、両手で瓶を握りしめた。
 勇者になりたくないと言っている私にとって、本当は無縁のものなのかもしれない。
 けど、本当に死にそうになったら、これを、使おう。

 ポーションを受け取った私を見て、メイは笑顔になった。
 魔導士は魔力が豊富だから、薬師になるのも、簡単なのかな。
 そうだとしても、初めて上手に出来たものを見たときには、凄く嬉しかったんだろうな。



   ***



 森へ行けなくなって更に数日が経った。
 あれから何かあるのかと思えば、特に何もなく数日が過ぎて、私の中にあった、死ぬかもしれないという考えは段々と薄れていった。

 スライム達は元気にしてるのかな。
 ランはどうしてるだろう?
 そんな事を考えて、けど、サボれないし他の事を考えながら勉強をすると怒られるから、考えている事がバレない様に気をつけながら過ごしていた。
 剣術の稽古の時は、サイトゥルではなくて別の人が私に稽古をつけるようになった。
 サイトゥルは忙しいみたいだ。

 今日もまた、いつもと同じように、勉強して、剣術の稽古をしないといけない事を朝起きて確認する。
 やっぱり出来ればサボりたい。
 ベッドから出て、窓のそばに向かってカーテンを開けると、灰色が上部を覆っていた。
 そのうち雨でも降り出すかもしれない。そうしたら、今日の剣術の稽古はなくなるかもしれない。
 つまりは、サボれる?!
 心の中で「ぃよっしゃ!サボれるかも!」なんてガッツポーズをして、雨が降ることをひたすらに祈った。
 窓の前で両手を組んで、「雨が降りますように、雨が降りますように、雨が降りますように!」なんて、多分、普通の子供なら祈らないと思う。
 この際サボれるなら、もう、何だって良い!

 ひとしきりお祈りをしてから、着替えをして、一階へと降りる。
 テーブルには、いつもと同じようにスープとパンが人数分用意されていて、村長はすでに椅子に腰掛けていた。

「村長、おはようございます」

 あくびが出そうだったけど、それを噛み殺した。
 礼儀作法の先生も週に一度来ているから、ちゃんと勉強してますよというアピールだ。
 面倒くさいよ、アピールは。
 けど、こうしないと、ピリピリし続けている村長からまたいつゲンコツが御見舞されるか分かったもんじゃないから。

「ハイシア、朝食をとったら、軍へ行くぞ」
「…え?今日の午前中は、先生が来るよ?」

 ごごご、と椅子を引きずって、村長と対面になる様にして座った。
 それで、ようやく気が付いた。
 村長のピリピリとした空気とか、圧とか、それから表情が、魔王の世代交代の事を私に話した時と同じだって事。
 もしかしたら、それ以上かもしれない。

「今日の屋内学習は中止だ。先生にもそう伝えておる」
「…わかった」

 どうして軍に行くのかまでは、教えてくれなかった。

 いつも以上に気まずい朝食を終えると、村長は一息つく間もなく、支度もそこそこに私を軍の敷地へと連れ出した。
 私の腕を引っ張る村長の力は、叱るとき以上に強くて、そんなに握らなくても今更逃げ出したりしないのにと思うばっかりだ。
 訓練所につくと、あっちこっちから、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。
 いつもよりも荒々しい音の様に聞こえて、訓練所の人たちのピリピリとした空気を一層強調しているみたいだった。

 訓練所の奥にある、宿舎と繋がる渡り廊下まで連れて行かれると、サイトゥルが、いつもよりピカピカ、ツルツルな鎧をつけて私達を待っていた様だった。
 ツルツルどころか、トゥルントゥルンだ。
 随分立派な盾まで持ってる。

「ほう、逃げずに来たか」

 トゥルントゥルンな鎧と、ピッカピカの盾に気を取られている私を、サイトゥルが睨むように見下ろしてきて、身が跳ねそうになった。

「…こんなにピリピリしてて、抜け出せるわけないじゃん…」

 こそっと、なけなしの反抗心で呟いた。
 村長にもサイトゥルにも絶対に聞こえないように。

「村長、彼女に話は?」
「しておらん。説明はサイトゥル殿におまかせしましょう」
「わかった」

 村長が、サイトゥルに敬語を使っているなんて初めて知った。
 サイトゥルの方が、実は村長よりも偉いのだろうか。

「ついてこい、ハイシア」

 村長の手が、ようやく私の腕から離される。
 トゥルントゥルンの鎧をつけて音もなく歩くサイトゥルの後ろを、追いかけた。
 私の歩幅に合わせる気は無いようで、自然と早足になる。
 ちょっと歩く速さを落としたら、すぐに距離が離れて迷子になりそうだ。
 それなのに、ついてきてるかの確認すらもしない。

 訓練所と宿舎の間にもう一棟ある立派な建物に入るのは初めてだった。
 黒い大理石の床と壁が統一されていて、赤い絨毯が廊下の中央に敷かれている。
 その奥にある広い空間は、大きなテーブルが置かれた部屋だ。
 テーブルの上にはこの村の周辺の地図が置かれていて、いくつもの赤い駒と青い駒が散らばっている。
 駒は赤と青でそれぞれ一個だけ、馬の頭の形をしたものがあった。

「ハイシア」
「…な、なに…」

 サイトゥルがテーブルのそばまで行くと、首だけ私に向ける。
 ぎゅっとズボンの裾を握って、見下ろしてばかりのサイトゥルを、何とか睨み上げた。

「今日の昼、魔族がこの村のそばまで降りてくるという情報が入った。それも新しい魔王が自ら出てくる様だ」
「…だ、だからなに…」
「事と次第によっては、戦いにも発展するだろう。我々はこの地を魔族に荒らされぬ様、警戒をする必要がある。領域の境目に──」

 サイトゥルが赤い駒を一つ摘むと、かつんと音を立てて地図の上に置いた。
 音がホールに響いて、震えているみたいだ。

「我々の軍を配置する。そこにハイシア、お前も連れて行く」

 顔色一つ変えずに、こんな子供にサイトゥルはなんて事を言うんだろう。
 私が戦場に行く?立つの?
 どっと嫌な汗が噴き出てくる。薄れたはずの、死ぬかもしれないという考えが頭の中で膨れ上がっていく。
 朝食べたばかりのスープが胃の中で暴れてる。

「ここ最近、お前は稽古にも出ていた。魔族が何もしてこなければ、死ぬことはないだろう。以上だ」

 言いたいことだけ言って、サイトゥルは私を睨んだ。
 いつもの何倍も鋭い睨みにも反応出来ないぐらい、頭の中が真っ白で、モヤがかかったみたいで、動かなかった。
 サイトゥルも村長と同じだ。遠回しに、私に死にに行けと言っている事に、嫌でも気が付いた。
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