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見えない彼女との距離は、未だに測れない
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彼女の顔は、全女性の理想そのものだった。まあ作られているのだからそりゃ整っていて当たり前か。
「お面を被って暑くないんですか?」
「HAHAHA!ダイジョブダヨ!」
辺りはセミ達が大合唱をし、人々は、呪われたように「暑い」と連呼しているというのに、彼女はマフラーを巻いたりして肌を少しも見せない ––たぶんシベリアへ行っても大丈夫であろう–– 服装だった。おかげで握られている僕の手からは、滝みたく汗が流れて体の水分が順調に失われていっている。
「いつも暑そうな服装ですけど、夏服を持っていないとかですか?」
彼女は瞬きをしない–– できない ––その顔をポリポリ搔きながら「モテナイ、ソモソモキレナイヨ」なんてカラカラ笑う。
彼女と出会ったのは、今年の春の事、道を聞かれたのが出会ったきっかけだった。
「今日もいい天気ですね」
彼女の表情は決して変わらない、が、光と影の具合で不思議と喜怒哀楽が分かる。きっと能面と同じ原理だろう。
「コノゴロ、セイヨウノヨウカイ、BADNEWSヨクキクネ」
「そうですね、僕ら陰陽師も、日本の妖怪とはまた違うから対処に困っています」
西洋の妖怪の名前を、悪い意味でよく耳にするようになった。 ––と言ってもほとんどが可愛い事件が多いのだが、例えばドラキュラが若い女の飲み物を盗んで飲んだり、マーメイドが水族館の魚を食べたり、砂男が砂浜に身を隠し、遊んでいる女性の水着を脱がして取ったり–– そんな中でも、今日本を騒がせているのが、有名な陰陽師や総理大臣やらが行方不明になるという事件だ。
「コウヘイノイエ、ユウメイナオンミョウジ、キヲツケロ」
そう、僕の家は陰陽師界の御三家である大豊家だ。同じ御三家である星家と松井家が、全員行方不明になり、彼女みたく世間では、いつ大豊家が消えてしまうのか、だなんて心配されている。
「僕は陰陽師を辞めたいし、消えれるのなら消えたいです」
陰陽師は死ぬまで陰陽師、国から大金が毎月貰える代わりに、親が陰陽師なら強制的に子供も職業が陰陽師にされる。僕は臆病が故にこの職業が向いておらず、プログラマーや事務員に何度夢を見た事か……
苦笑いする僕に、彼女は「キエタラタイヘン、ミンナキヅカナイ、カナシイ」なんて僕の背中を叩き、また大きく笑った。
彼女は明るい。一緒にいると僕の方が、透明人間か何かになったような感覚になる。
「クラリティーさんに気付けてもらえれば、僕はそれで良いですよ」
「HAHAHA!コウヘイ、ウレシイコトイウネ」
彼女とのデートは、お店に行ったり、観光地を巡ったり、食べ歩きをするなど、特別何かをする事はせず、人気の少ない場所を暗くなるまで話ながら歩くのがいつもだった。
クラリティーさんが話し上手だからだろうけれど、それだけのデートでも楽しくて、普通なら灰色の景色にも色をつけた。
「ただいま」
玄関には仁王立ちする父さんが居た。物陰に隠れてこちらを見ていたお母さんは大きな画用紙を出してこちらにメッセージを伝える、なんでも 《帰って来るのをまだかまだかと待っていた》 のだとか。
僕はお父さんが苦手だった。威圧的だし、堅物だし。への字に曲がったその口からは、小言以外出たことがない。
「なっ何……父さん」
猫背の僕をギロリと見下ろすなり「妖怪の臭いをこの頃お前から感じるな」なんて言っては「ついて来い」と僕を自分の部屋に来させる。
「妖怪となんて関わってないよ」
「なら何故、妖力が身体についているのか説明してもらおうか」
そんなの知らなかった。
「そうとう長く一緒に居なきゃこんなに臭いが濃くならないだろ?」
そんなの気づかなかった。
「陰陽師が妖力を臭わすのは、裏切るサインでもある。いくら落ちこぼれなお前でも知っているであろうに」
「ごめんなさい、でも……」
「知らなかった、気づかなかったじゃ許されないんだぞ?大豊家の顔に泥でもつけるつもりか?」
「ごめんなさい」
丸まった背中がさらに丸まる僕に、舌打ち交じりに頭を一回蹴っ飛ばし「俺は見てるからな」と言葉を最後に部屋から出ていった。床に倒れる僕を見る事なく。
「早く会いたいよ」
「hey!コウヘイ、キョウハゲンキナイネ」
「ごめん、ちょっとね」
彼女からは妖力を感じられない、なら何故僕に妖力が?そんな事が頭の中をいっぱいにさせ、彼女の言葉が脳を返さず反対の耳から零れ落ちた。
「ゲンキナイコウヘイハ、トウメイミタイダネ」
「ははは、確かに、僕もクラリティーさんみたいになりたいな、そしたら……」
「そしたら父さんも笑顔になるのかな」なんて言いかけた時だった、そんな父さんからメールが来た。
《今すぐに帰って来い》
その一文に昨晩の父さんの言葉を頬の痛みが蘇らせる。
「俺はいつも見ているからな」
まさか、なんて思った時には遅かった。僕の肩からカラスが一羽、スッと姿を現すなり鳴きながら飛びたった。
父さんの使い魔だ。脅しかと思っていたけれど、そういう事だったのか。
直ぐに立ち止まり彼女の手を離した。
「コウヘイ?ドシタ?」
「嫌な予感がする、これからは僕と会わない方が良いかもしれない!姿を見られたら……」
その先の言葉が出なかった。傷つけるかもしれないから。こんな大事な時に、良い言葉が見つからない自分が嫌になり、奥歯を噛み締めた。
「スガタミエナケレバイイコト、ダヨネ?HAHAHA!ダイジョブ、ワタシ、コレカラモ、コウヘイトイショダカラ」
相変わらず不思議な事を言う彼女だけれど、不思議と気持ちは前向きになり、僕は頬を伝う涙を拭って口角を上げる。
「その言葉、信じるからね!」
家に着いたのは薄らと星が見えた頃だった。玄関に入ると。誰もいない、ホッと胸を撫で下ろすけれど、不気味な程に沈黙が漂う廊下に気は休まらなかった。
「誰もいないの?」
靴を脱ぎ、一歩廊下に片足を踏み込む。ミシッ、木の床が軋む音が沈黙に溶けて消えていく。
ただ単に誰も居ないだけ?
もう一歩前へ、と、その瞬間。陰陽術の気配を感じる。その速さに脳は追いついても身体が追いつかず、瞬きをしたその時には、身体は金縛りにあった様に動かなくなっていた。陰を踏まれた、いつ?いや、そもそも何処に隠れていた?
「それはこっちの台詞だバカ息子、俺は見損なったぞ。そこまで馬鹿だったなんてな、妖術の臭いっていうのは妖怪の血に含まれる成分から発せられるものだ、確かに気づかないかもしれない、が、ある妖怪だけは、血が無いから妖術の臭いを隠せている、だから低級や鈍感の陰陽師は気づかない訳」
「クラリティーさんは妖怪なんかじゃない」と言おうとしたが口が動かず、「今宵お前の透明人間を封印しに行く」と言い放ち、僕の耳元に口元を近づけるなり、「お前は破門だ面汚しめ」そう囁き、パチンと手が鳴ると僕は既に別の場所へ飛ばされた。知らない路上だ。
父さんは?
何処にもいない。周りを見渡していると後ろから車のクラクションが鳴るなり、軽快な笑い声が響き渡って来る。
「ハッハッハ! 本当に破門されてやがる!ヨッ、お前の鬼親父の兄だ、話には聞いてるだろ?落ちこぼれ同士これから仲良くしようぜえ、透明人間と付き合った色男さん♪」
どうやら飛ばされた所は沖縄らしい。戻る気も起きず、僕はお兄さんと住む事にした。
が、故郷の岐阜へ戻る事になったのは、そう時間の経つ話ではなかった。どうやら父さんが行方不明になったらしい。死体もなく棺の小窓には写真が貼られていた。相変わらず無愛想な表情だ。
「少し散歩してくるよ、母さん」
世間を騒がせた行方不明の事件は、父を最後にピタリと止んだらしい。陰陽師の中では、戦力を落とす為の海外からの戦略では?なんて御三家が居なくなった今、血相を変えているけれど、そんな事はどうでも良かった。そんな事よりも……
「クラリティーさんは元気かな」
彼女の事が気になっていた。
ベンチに座り、青い空を見上げる。と、突風と共に飛んできたマフラーに、視界を隠された。
見てみると見覚えのあるマフラーで、辺りを急いで立ち上がり周りを見る。が、そこには誰も居ない。
「何でこのマフラーが?」
いま気付いたけれど、そのマフラーを広げてみると見覚えのある短い髪の毛と血がついていた。
「これからも僕のそばにいるとか言ってたくせに、心配してたんですよ」
クビに巻きつく温もりを撫でると、自然と口角が上がる。
「僕は……僕だけは気付いていますから」
それからはずっと、僕の影は二つになった。あと片手だけ汗が凄く出るようになった。
「お面を被って暑くないんですか?」
「HAHAHA!ダイジョブダヨ!」
辺りはセミ達が大合唱をし、人々は、呪われたように「暑い」と連呼しているというのに、彼女はマフラーを巻いたりして肌を少しも見せない ––たぶんシベリアへ行っても大丈夫であろう–– 服装だった。おかげで握られている僕の手からは、滝みたく汗が流れて体の水分が順調に失われていっている。
「いつも暑そうな服装ですけど、夏服を持っていないとかですか?」
彼女は瞬きをしない–– できない ––その顔をポリポリ搔きながら「モテナイ、ソモソモキレナイヨ」なんてカラカラ笑う。
彼女と出会ったのは、今年の春の事、道を聞かれたのが出会ったきっかけだった。
「今日もいい天気ですね」
彼女の表情は決して変わらない、が、光と影の具合で不思議と喜怒哀楽が分かる。きっと能面と同じ原理だろう。
「コノゴロ、セイヨウノヨウカイ、BADNEWSヨクキクネ」
「そうですね、僕ら陰陽師も、日本の妖怪とはまた違うから対処に困っています」
西洋の妖怪の名前を、悪い意味でよく耳にするようになった。 ––と言ってもほとんどが可愛い事件が多いのだが、例えばドラキュラが若い女の飲み物を盗んで飲んだり、マーメイドが水族館の魚を食べたり、砂男が砂浜に身を隠し、遊んでいる女性の水着を脱がして取ったり–– そんな中でも、今日本を騒がせているのが、有名な陰陽師や総理大臣やらが行方不明になるという事件だ。
「コウヘイノイエ、ユウメイナオンミョウジ、キヲツケロ」
そう、僕の家は陰陽師界の御三家である大豊家だ。同じ御三家である星家と松井家が、全員行方不明になり、彼女みたく世間では、いつ大豊家が消えてしまうのか、だなんて心配されている。
「僕は陰陽師を辞めたいし、消えれるのなら消えたいです」
陰陽師は死ぬまで陰陽師、国から大金が毎月貰える代わりに、親が陰陽師なら強制的に子供も職業が陰陽師にされる。僕は臆病が故にこの職業が向いておらず、プログラマーや事務員に何度夢を見た事か……
苦笑いする僕に、彼女は「キエタラタイヘン、ミンナキヅカナイ、カナシイ」なんて僕の背中を叩き、また大きく笑った。
彼女は明るい。一緒にいると僕の方が、透明人間か何かになったような感覚になる。
「クラリティーさんに気付けてもらえれば、僕はそれで良いですよ」
「HAHAHA!コウヘイ、ウレシイコトイウネ」
彼女とのデートは、お店に行ったり、観光地を巡ったり、食べ歩きをするなど、特別何かをする事はせず、人気の少ない場所を暗くなるまで話ながら歩くのがいつもだった。
クラリティーさんが話し上手だからだろうけれど、それだけのデートでも楽しくて、普通なら灰色の景色にも色をつけた。
「ただいま」
玄関には仁王立ちする父さんが居た。物陰に隠れてこちらを見ていたお母さんは大きな画用紙を出してこちらにメッセージを伝える、なんでも 《帰って来るのをまだかまだかと待っていた》 のだとか。
僕はお父さんが苦手だった。威圧的だし、堅物だし。への字に曲がったその口からは、小言以外出たことがない。
「なっ何……父さん」
猫背の僕をギロリと見下ろすなり「妖怪の臭いをこの頃お前から感じるな」なんて言っては「ついて来い」と僕を自分の部屋に来させる。
「妖怪となんて関わってないよ」
「なら何故、妖力が身体についているのか説明してもらおうか」
そんなの知らなかった。
「そうとう長く一緒に居なきゃこんなに臭いが濃くならないだろ?」
そんなの気づかなかった。
「陰陽師が妖力を臭わすのは、裏切るサインでもある。いくら落ちこぼれなお前でも知っているであろうに」
「ごめんなさい、でも……」
「知らなかった、気づかなかったじゃ許されないんだぞ?大豊家の顔に泥でもつけるつもりか?」
「ごめんなさい」
丸まった背中がさらに丸まる僕に、舌打ち交じりに頭を一回蹴っ飛ばし「俺は見てるからな」と言葉を最後に部屋から出ていった。床に倒れる僕を見る事なく。
「早く会いたいよ」
「hey!コウヘイ、キョウハゲンキナイネ」
「ごめん、ちょっとね」
彼女からは妖力を感じられない、なら何故僕に妖力が?そんな事が頭の中をいっぱいにさせ、彼女の言葉が脳を返さず反対の耳から零れ落ちた。
「ゲンキナイコウヘイハ、トウメイミタイダネ」
「ははは、確かに、僕もクラリティーさんみたいになりたいな、そしたら……」
「そしたら父さんも笑顔になるのかな」なんて言いかけた時だった、そんな父さんからメールが来た。
《今すぐに帰って来い》
その一文に昨晩の父さんの言葉を頬の痛みが蘇らせる。
「俺はいつも見ているからな」
まさか、なんて思った時には遅かった。僕の肩からカラスが一羽、スッと姿を現すなり鳴きながら飛びたった。
父さんの使い魔だ。脅しかと思っていたけれど、そういう事だったのか。
直ぐに立ち止まり彼女の手を離した。
「コウヘイ?ドシタ?」
「嫌な予感がする、これからは僕と会わない方が良いかもしれない!姿を見られたら……」
その先の言葉が出なかった。傷つけるかもしれないから。こんな大事な時に、良い言葉が見つからない自分が嫌になり、奥歯を噛み締めた。
「スガタミエナケレバイイコト、ダヨネ?HAHAHA!ダイジョブ、ワタシ、コレカラモ、コウヘイトイショダカラ」
相変わらず不思議な事を言う彼女だけれど、不思議と気持ちは前向きになり、僕は頬を伝う涙を拭って口角を上げる。
「その言葉、信じるからね!」
家に着いたのは薄らと星が見えた頃だった。玄関に入ると。誰もいない、ホッと胸を撫で下ろすけれど、不気味な程に沈黙が漂う廊下に気は休まらなかった。
「誰もいないの?」
靴を脱ぎ、一歩廊下に片足を踏み込む。ミシッ、木の床が軋む音が沈黙に溶けて消えていく。
ただ単に誰も居ないだけ?
もう一歩前へ、と、その瞬間。陰陽術の気配を感じる。その速さに脳は追いついても身体が追いつかず、瞬きをしたその時には、身体は金縛りにあった様に動かなくなっていた。陰を踏まれた、いつ?いや、そもそも何処に隠れていた?
「それはこっちの台詞だバカ息子、俺は見損なったぞ。そこまで馬鹿だったなんてな、妖術の臭いっていうのは妖怪の血に含まれる成分から発せられるものだ、確かに気づかないかもしれない、が、ある妖怪だけは、血が無いから妖術の臭いを隠せている、だから低級や鈍感の陰陽師は気づかない訳」
「クラリティーさんは妖怪なんかじゃない」と言おうとしたが口が動かず、「今宵お前の透明人間を封印しに行く」と言い放ち、僕の耳元に口元を近づけるなり、「お前は破門だ面汚しめ」そう囁き、パチンと手が鳴ると僕は既に別の場所へ飛ばされた。知らない路上だ。
父さんは?
何処にもいない。周りを見渡していると後ろから車のクラクションが鳴るなり、軽快な笑い声が響き渡って来る。
「ハッハッハ! 本当に破門されてやがる!ヨッ、お前の鬼親父の兄だ、話には聞いてるだろ?落ちこぼれ同士これから仲良くしようぜえ、透明人間と付き合った色男さん♪」
どうやら飛ばされた所は沖縄らしい。戻る気も起きず、僕はお兄さんと住む事にした。
が、故郷の岐阜へ戻る事になったのは、そう時間の経つ話ではなかった。どうやら父さんが行方不明になったらしい。死体もなく棺の小窓には写真が貼られていた。相変わらず無愛想な表情だ。
「少し散歩してくるよ、母さん」
世間を騒がせた行方不明の事件は、父を最後にピタリと止んだらしい。陰陽師の中では、戦力を落とす為の海外からの戦略では?なんて御三家が居なくなった今、血相を変えているけれど、そんな事はどうでも良かった。そんな事よりも……
「クラリティーさんは元気かな」
彼女の事が気になっていた。
ベンチに座り、青い空を見上げる。と、突風と共に飛んできたマフラーに、視界を隠された。
見てみると見覚えのあるマフラーで、辺りを急いで立ち上がり周りを見る。が、そこには誰も居ない。
「何でこのマフラーが?」
いま気付いたけれど、そのマフラーを広げてみると見覚えのある短い髪の毛と血がついていた。
「これからも僕のそばにいるとか言ってたくせに、心配してたんですよ」
クビに巻きつく温もりを撫でると、自然と口角が上がる。
「僕は……僕だけは気付いていますから」
それからはずっと、僕の影は二つになった。あと片手だけ汗が凄く出るようになった。
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