ワールズエンド・カーニバルシティ

緑茶

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プロローグ

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 『プチ家出』を敢行した時、シャーリーはその少女に出会った。

 名前はエスタ・フレミング。立場も環境もまるで違う、お互いの家の場所さえ知らない二人はやがて、かけがえのない親友同士になった。


 ある時、エスタが泣いているのを目にした。

 痩せ細り、粗末な服を身につけて砂利道に座る彼女。

 声をかけると、ゆっくりと顔を上げて、潤んだ目で頷いた。


「どうして泣いてるの?」


「だって――」


 少女はそこで、一息に言った。


「だって……こんな世界、嫌だもん。いっぱいいやなことがあるもん。そんなの、こわいよ。きもちわるいよ……」


 シャーリーは聞いていた。


「ねぇ。生きるのって、こんなにつらいことなの……?」


「……」


 彼女はしばらく考えた。

 優しくて、思いやりのある少女だった。

 だから、一生懸命考えた。

 そして、それから導き出される答えは、あくまでもシンプルなものだった。


「わからないけど。きっと、そんなことないんじゃないかなぁ。どんな世界にも、嬉しいこと、きっとあると思うよ」


 少女はシャーリーをじっと見つめて言う。


「どうして……?」


「だって。ボクとエスタは友だちでしょ。それで、遊んでる時のエスタは、すごく楽しそうにしてるから……うまく、言えないけど。それって、まだまだ楽しいことが、待ってるってことじゃないかな」


 シャーリーは、真っ直ぐな瞳で彼女を見つめ返した。


「ボク達が友達である限り、それをみつけられると思わない?」


 そして、手を差し伸べた。

 エスタは――おずおずとそこに掴まって、立ち上がる。

 それからシャーリーは……エスタの首に巻いた。

 自分が身に着けていた、真紅のマフラーを。


「これは……?」


「お母さんに無理言って、買ってもらったの。それはゼラニウムっていう花の色なんだって……でも、あなたにあげるね。花言葉は『友だち』だから」


 エスタの目から、涙が途切れた。


「ボクたちが、友だちでいるかぎり……どんなことでも、乗り越えられる……そう思わない、かな?」


 ……その表情が、輝きに満ちる。


「――……うん!」


 彼女は――シャーリーと繋いだ手の力を強めた。

 シャーリーもまた、笑った。


 それからも二人はずっと一緒に――友だちであり続けると。

 無邪気に、そう考えていた。





 朝の冷たい空気で、シャーリーは目を覚ました。


 薄暗い部屋の中身体を起こすと、その場でしばらく動かない。

 視線は宙をふらふらと彷徨い、よく整理された室内を走査する。


 それから――すぐ横のデスクの上を見た。そこには写真があって、笑顔の少女二人が収まっている。幼い頃の自分と、もうひとりの少女。向日葵のように爛漫な笑みを浮かべるシャーリーに対して、その少女は控えめに、小さくはにかんでいる。


 少しの間見つめた後、ベッドから降りる。


 薄青いパジャマのボタンを手早く外して脱ぐ。寒気から震えが走るが、それを厭わずに畳んでベッドの上に。枕元に置いていたロングのTシャツと紺のジーンズを身に着けて洗面所へ。


 冷水を、豪快に顔へとぶつける。全身に鳥肌――良し、完全に目が覚めた。

 頭を振ってタオルで拭くと、小麦色の髪を綺麗に撫で付けたまま、口に咥えた空色のヘアゴムで括る。少し振ってみると、まるで尻尾みたいにふわふわと揺れる。


 それから簡単に化粧をして正面を向くと、そこには行動的な、やや日焼けした少女の顔。満足気に部屋に戻ると、今度はハンガーから黒い革ジャケットを外して、大きく肩から着込む。首に巻くものはない。だが、構わなかった。


「完璧。キマってる。シャーロット・アーチャーは最高にイケてる」


 鏡の前、言い聞かせるように。


 それからデスクに向かい、鍵付きの小さな引き出しを開けた。

 中に入っているのは、刃渡り5インチほどの短剣。

 取っ手を握って目を瞑ると――頭の中に、想念が流れた。


「……もうすぐ地上へゴーイング・アンダーグラウンド、エスタ。ボクの顔、覚えてくれてたら良いんだけど」


 祈るようにつぶやいてから、短剣をサイドポケットにしまい込んだ。


 それから更に五分後。

 彼女は――誰も居ない家に行ってきますと別れを告げて、地上へと旅立った。
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