ワールズエンド・カーニバルシティ

緑茶

文字の大きさ
上 下
1 / 35

プロローグ

しおりを挟む


 『プチ家出』を敢行した時、シャーリーはその少女に出会った。

 名前はエスタ・フレミング。立場も環境もまるで違う、お互いの家の場所さえ知らない二人はやがて、かけがえのない親友同士になった。


 ある時、エスタが泣いているのを目にした。

 痩せ細り、粗末な服を身につけて砂利道に座る彼女。

 声をかけると、ゆっくりと顔を上げて、潤んだ目で頷いた。


「どうして泣いてるの?」


「だって――」


 少女はそこで、一息に言った。


「だって……こんな世界、嫌だもん。いっぱいいやなことがあるもん。そんなの、こわいよ。きもちわるいよ……」


 シャーリーは聞いていた。


「ねぇ。生きるのって、こんなにつらいことなの……?」


「……」


 彼女はしばらく考えた。

 優しくて、思いやりのある少女だった。

 だから、一生懸命考えた。

 そして、それから導き出される答えは、あくまでもシンプルなものだった。


「わからないけど。きっと、そんなことないんじゃないかなぁ。どんな世界にも、嬉しいこと、きっとあると思うよ」


 少女はシャーリーをじっと見つめて言う。


「どうして……?」


「だって。ボクとエスタは友だちでしょ。それで、遊んでる時のエスタは、すごく楽しそうにしてるから……うまく、言えないけど。それって、まだまだ楽しいことが、待ってるってことじゃないかな」


 シャーリーは、真っ直ぐな瞳で彼女を見つめ返した。


「ボク達が友達である限り、それをみつけられると思わない?」


 そして、手を差し伸べた。

 エスタは――おずおずとそこに掴まって、立ち上がる。

 それからシャーリーは……エスタの首に巻いた。

 自分が身に着けていた、真紅のマフラーを。


「これは……?」


「お母さんに無理言って、買ってもらったの。それはゼラニウムっていう花の色なんだって……でも、あなたにあげるね。花言葉は『友だち』だから」


 エスタの目から、涙が途切れた。


「ボクたちが、友だちでいるかぎり……どんなことでも、乗り越えられる……そう思わない、かな?」


 ……その表情が、輝きに満ちる。


「――……うん!」


 彼女は――シャーリーと繋いだ手の力を強めた。

 シャーリーもまた、笑った。


 それからも二人はずっと一緒に――友だちであり続けると。

 無邪気に、そう考えていた。





 朝の冷たい空気で、シャーリーは目を覚ました。


 薄暗い部屋の中身体を起こすと、その場でしばらく動かない。

 視線は宙をふらふらと彷徨い、よく整理された室内を走査する。


 それから――すぐ横のデスクの上を見た。そこには写真があって、笑顔の少女二人が収まっている。幼い頃の自分と、もうひとりの少女。向日葵のように爛漫な笑みを浮かべるシャーリーに対して、その少女は控えめに、小さくはにかんでいる。


 少しの間見つめた後、ベッドから降りる。


 薄青いパジャマのボタンを手早く外して脱ぐ。寒気から震えが走るが、それを厭わずに畳んでベッドの上に。枕元に置いていたロングのTシャツと紺のジーンズを身に着けて洗面所へ。


 冷水を、豪快に顔へとぶつける。全身に鳥肌――良し、完全に目が覚めた。

 頭を振ってタオルで拭くと、小麦色の髪を綺麗に撫で付けたまま、口に咥えた空色のヘアゴムで括る。少し振ってみると、まるで尻尾みたいにふわふわと揺れる。


 それから簡単に化粧をして正面を向くと、そこには行動的な、やや日焼けした少女の顔。満足気に部屋に戻ると、今度はハンガーから黒い革ジャケットを外して、大きく肩から着込む。首に巻くものはない。だが、構わなかった。


「完璧。キマってる。シャーロット・アーチャーは最高にイケてる」


 鏡の前、言い聞かせるように。


 それからデスクに向かい、鍵付きの小さな引き出しを開けた。

 中に入っているのは、刃渡り5インチほどの短剣。

 取っ手を握って目を瞑ると――頭の中に、想念が流れた。


「……もうすぐ地上へゴーイング・アンダーグラウンド、エスタ。ボクの顔、覚えてくれてたら良いんだけど」


 祈るようにつぶやいてから、短剣をサイドポケットにしまい込んだ。


 それから更に五分後。

 彼女は――誰も居ない家に行ってきますと別れを告げて、地上へと旅立った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【あらすじ動画あり / 室町和風歴史ファンタジー】『花鬼花伝~世阿弥、花の都で鬼退治!?~』

郁嵐(いくらん)
キャラ文芸
お忙しい方のためのあらすじ動画はこちら↓ https://youtu.be/JhmJvv-Z5jI 【ストーリーあらすじ】 ■■室町、花の都で世阿弥が舞いで怪異を鎮める室町歴史和風ファンタジー■■ ■■ブロマンス風、男男女の三人コンビ■■ 室町時代、申楽――後の能楽――の役者の子として生まれた鬼夜叉(おにやしゃ)。 ある日、美しい鬼の少女との出会いをきっかけにして、 鬼夜叉は自分の舞いには荒ぶった魂を鎮める力があることを知る。 時は流れ、鬼夜叉たち一座は新熊野神社で申楽を演じる機会を得る。 一座とともに都に渡った鬼夜叉は、 そこで室町幕府三代将軍 足利義満(あしかが よしみつ)と出会う。 一座のため、申楽のため、義満についた怨霊を調査することになった鬼夜叉。 これは後に能楽の大成者と呼ばれた世阿弥と、彼の支援者である義満、 そして物語に書かれた美しい鬼「花鬼」たちの物語。 【その他、作品】 浅草を舞台にした和風歴史ファンタジー小説も書いていますので 興味がありましたらどうぞ~!(ブロマンス風、男男女の三人コンビ) ■あらすじ動画(1分) https://youtu.be/AE5HQr2mx94 ■あらすじ動画(3分) https://youtu.be/dJ6__uR1REU

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

薔薇の耽血(バラのたんけつ)

碧野葉菜
キャラ文芸
ある朝、萌木穏花は薔薇を吐いた——。 不治の奇病、“棘病(いばらびょう)”。 その病の進行を食い止める方法は、吸血族に血を吸い取ってもらうこと。 クラスメイトに淡い恋心を抱きながらも、冷徹な吸血族、黒川美汪の言いなりになる日々。 その病を、完治させる手段とは? (どうして私、こんなことしなきゃ、生きられないの) 狂おしく求める美汪の真意と、棘病と吸血族にまつわる闇の歴史とは…?

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

陰の行者が参る!

書仙凡人
ホラー
三上幸太郎、24歳。この物語の主人公である。 筋金入りのアホの子じゃった子供時代、こ奴はしてはならぬ事をして疫病神に憑りつかれた。 それ以降、こ奴の周りになぜか陰の気が集まり、不幸が襲い掛かる人生となったのじゃ。 見かねた疫病神は、陰の気を祓う為、幸太郎に呪術を授けた。 そして、幸太郎の不幸改善する呪術行脚が始まったのである。

処理中です...