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婚約者とはいつ出会えるのでしょう?

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美しい常春の国、ギスレン。

この国の末っ子第三王女リディアーヌは、生まれたときに桜の精霊から祝福を授かり、愛らしい桜色の髪を持ち周囲の人々に大層愛されて育ちました。



王女の生誕を祝して新たに作られた王城の庭園には年中色とりどりの花が咲き乱れ、さながら理想郷のようだと評されました。



リディアーヌ姫もこの庭園が大層お気に入りで、鑑賞するだけでなく庭師の元で学びを得て、自ら手入れをするほどでした。そんな彼女の愛情を受け取った多くの花々の精霊が、桜に続けと言わんばかりに彼女に祝福を授け、気付けばリディアーヌ姫は国中の花々の祝福を得ていました。



当然縁談は国内外から殺到。公爵家の嫡男や隣国の王子様など、数多くの魅力的なお相手から申し入れがあり、貴族学園を卒業したらすぐにでも輿入れするのだと、誰もが思っておりました。



それが、どうしたことでしょう。



卒業を来月に控え成人目前だというのに、彼女に春が訪れる気配はまるでありませんでした。



◇◇◇



「最初の婚約が流れたのは、10歳の頃だったわ…」



婚約者の最有力候補と目されていたのは、5歳年上の公爵家の嫡男だった。

彼はまだ15歳ながらも大人顔負けの知力と胆力で、王城に仕える上級文官の父の補佐を務める優秀な若者だとその名を馳せており、リディアーヌの父である国王陛下と公爵の間では婚約はほぼ内定だと思われていた。



初顔合わせの直前、彼が流行り病に罹患したため予定していた日程が急遽変更となった。



その間に彼は献身的に看病してくれた年若い侍女と恋に落ち、しがない男爵家の出身だと思われていた彼女の本当の父親が隣国の公爵家の出だということが判明。これで障害はなくなったと言わんばかりに当人同士の愛は燃え上がり、二人はとんとん拍子で婚約が成立した。



公爵は国王陛下夫妻に平身低頭謝罪したそうだが、ギスレンより国土も広く強大な武力を有する隣国の筆頭公爵家と縁を持つことはギスレンにとっても好ましいことだったので、また正式な婚約を交わす前だったこともあり、公爵家へのお咎めはなかった。



「愛する二人の仲を引き裂くつもりはないし、顔合わせすらしていないお相手との婚約が流れたくらいでは、私もなんとも思わないわ。だけど…次も上手くいかなかった」



次に有力候補とされたのは、西方のとある国の第一王子というこの上ない身分のお相手だった。当時リディアーヌは13歳で王子が16歳と、年齢の釣り合いもちょうどよかった。

第一王子ではあるものの、伯爵家出身で正妃よりも身分の低い側妃を生母に持ち、あちらの国内での立場が些か不安定なため、我が国に婿として迎え入れようと話を進めていた。



が、初顔合わせの数日前に第二王子である王太子殿下とその生母による国費の横領と他国への情報流出が発覚。



瞬く間に関係者全員が処分された結果、めでたく第一王子が次の王太子に定められた。



ではそこに嫁ぎましょうかと改めて縁談を調えようとしたところ、幼少期から彼を想い続けていたという大国の王女から待ったが掛かった。王女は彼との婚約を長年望んでいたものの、跡継ぎでもなく後ろ盾も心許ない他国の王子とは婚約させられないと家族中から反対されていた。それが一転し、彼が王太子の座に就いたことで「であれば是非婚約を」という流れに変わった。



「長年密かに想い合いながらも、気持ちを封印していた二人が見事結ばれるのだもの。そこに割って入れば馬に蹴られてしまうわ」



リディアーヌ自身も、そこに割り込んでまでという強い想いはなかったので、二人を祝福し身を引いた。王子とは手紙でのやり取りはあったものの、まだ顔も合わせていなかったのでそこまで傷つくこともなかった。



「ここまでなら、こういうことが続くのも珍しくないわよねと、まだ自分を納得させることが出来たわ…問題はこの後よ」



今度は絶対に断られない相手にしよう!とギスレン王家が一丸となって話し合った末に、次は王家の忠臣たる騎士団の若手有望株に白羽の矢を立てた。



侯爵家出身のその青年は実直な人柄で知られていて、武骨で口下手なせいか婚約者もおらず、三男坊のため侯爵も息子の婚約を急いでいなかったため、リディアーヌと婚約するのに適任だと思われた。当時リディアーヌが15歳で相手が19歳だったので、すぐに婚約を結んでリディアーヌの卒業後に輿入れを、と考えれば丁度良い相手だったのだ。侯爵家に打診したところ「結婚は難しいと思っていた三男が花の祝福持ちの第三王女と婚約!?もちろん喜んで!」と両親は大層乗り気で、本人もまんざらではなかったらしい。



それがひっくり返ったのは、思いがけない事件が発端だった。



「彼の愛馬が精霊同士の揉め事に巻き込まれて、荒れ狂うスズランの精に瀕死の重傷を負わされた愛馬を抱きしめて涙を流しながら口付けたら、愛馬の呪いが解けて美しい女の子の姿に戻るだなんて、誰が想像できるっていうの…!?」

「その上愛馬が実は失われた公国から逃げ延びた最後の王女で、呪いで馬の姿に変えられていたんですよね…」

「二人はすぐに相思相愛となって、女っ気が全くなかった彼は愛馬に…いえ、彼女にメロメロ。侯爵は「元馬と結婚…!?いやそもそもが公女だったなら、いいのか…?」と混乱しきり…」

「混乱していたのなら、付け入る隙はあったのではないでしょうか」

「ギスレン王家の威光で押していけば婚約できる可能性はあったかもしれないけど、そんなことをしたら本当の意味で馬に蹴られてしまうわ…いや今は公女だけど…私まで混乱してきたわ…」



当時もあんまりな出来事に開いた口がふさがらなかったが、全てを失った公女が元の姿を取り戻し愛する人と出会えたなら、それは素敵なことだと思った。



「それに私は、愛し合う二人の間に割って入りたくはないの」



しかし、リディアーヌの婚約破棄ならぬ婚約打診取り下げは、この3人だけじゃない。

顔合わせの日程相談にすら辿り着けなかった縁談まで入れると、上手くいかなかった回数は今や片手じゃ足りない程。そろそろ両手の数も超えそうだ。



毎度毎度、相手との顔合わせにすら辿り着けない。自分には何の落ち度もないのに婚約が結べないだなんて、呪われているとしか思えなかったが、そういうわけでもないらしい。



「姫様に祝福をくださった桜の精霊女王は、呪いはないと断言されたんですよね?」

「そうなのよ。それどころか、"高潔で優美たれ”という祝福がよく効いているそうよ…本来なら私の魅力にあてられた男性が沢山寄ってきて、モテてモテて仕方がないはずなのに…ですって」

「確かに姫様は大変お美しく、王族という立場に驕ることもなく清廉な御方でいらっしゃいます」

「ありがとう、ココ。そう言ってくれる素敵な殿方と早く出会いたいものだわ…」

「あとはもう出会うだけですよ!こんなに頑張っていらっしゃるのですから、今まで婚約者候補に挙がった殿方など目じゃないくらい素敵な方がこの先に待っているに決まってます!!!」

「ココ…!」



長く私に仕えていて、苦楽を共にしてきた侍女のココとひしっと抱き合う。

ココが丁寧に淹れてくれたハーブティーを飲みながら、窓辺に飾った大切なバラの鉢植えを眺め心を緩ませ、今までとこれからのことに想いを馳せた。



この国の貴族は早ければ10歳で、遅くとも18歳の学園卒業と成人までに婚約者を決める。婚約が早ければ成人後すぐに結婚し、遅ければ数年の婚約期間を設け、何事もなければ20歳頃までに結婚する。王族のリディアーヌは学園に入学する15歳までに婚約者を決める予定でいたし、兄や姉たちも皆それまでにお相手を決めて成人後すぐに結婚しているので、自分もそうなるのだと13歳頃までは信じていた。



「だけど、私も来月には18歳。ついに成人してしまうわ。さすがに生誕祭ではお相手を公表したかったのだけど、このままでは難しいでしょうね」

「陛下が必死になってお相手を探していますもの…まだ諦めてはいけません!」

「でもお母様は「18歳までに決まらなくては行き遅れだなんて考え方はもう古い。何も気にすることはないのよ」とさりげなく慰めてくださったわ。きっと、今挙がっている候補の方では望み薄なのでしょう…」



ただ結婚出来ればいいというわけじゃない。精霊の祝福持ちの第三王女とあっては、滅多な相手に嫁ぐわけにはいかない。生誕時の祝福があるだけでも稀な存在なのに、リディアーヌはあらゆる方面で努力し自分の価値を高めてきた。それもこれも、兄姉と同じように国益となるような婚姻を結ぶためだったが、どうしてもうまくいかない。



議会では「リディアーヌ王女殿下の婚約者が決まらないのは何か裏があるのでは」「リディアーヌ様が気に入らない相手だったので花々の精霊の力を使って婚約が成立しないよう画策しているのでは」という荒唐無稽な意見まで出ている。そんな発言をした貴族は既に両親に叔父叔母、兄姉によって酷い目に遭わされているので怒りはしないが、さすがに落ち込む。



そもそも精霊の力が使役できる人間などいやしない。

精霊は人の良き隣人として、人の目には見えない秘密の住処から時折姿を現し、ほんのひとさじの幸福を授けてくれる存在なのだ。祝福の意味をはき違えた愚かな貴族はイチから学び直すべきだと強く思う。



「きっと、目に見えない運命が働いているのでしょう。世界一素敵で姫様を誰よりも大切にしてくれて、背が高くて顔も声もいい完璧な殿方が、そろそろやってくるはずです」

「ふふ、そうだったら素敵ね。でも、私はどんな方であっても、互いに尊重し合える関係を築けたらそれで十分よ。その上でお父様とお母様のように、遠慮なく言い合える夫婦になれたら嬉しいけれど、王族の身であまり結婚に夢を見ても…ね。高望みはしないわ」



10歳で婚約を意識し始めてから、長い時間が経った。その間にすっかり夢を見ることをやめてしまった。何度も浮上してはまとまらない婚約話に疲れていたし、そのことについて考えるぐらいなら庭園のお世話をしている方がよほど有意義で楽しいとまで思うようになっていた。



「何を仰いますか。姫様ならどれだけ望んでも高望みにはならないでしょう!」

「それは侍女の欲目と言うものよ、ココ。でもそうね…しいて言えば、嫁ぎ先には大きな庭園があって、そこで好きな植物を育てられたらいいわね。もっと望んでもいいなら、私と共に植物を慈しんで育ててくれる方だと尚よいけど…身分の釣り合いが取れる殿方では、そんなお相手には出会えないでしょう」

「姫様、それは…」

「大丈夫よ、ココ。きっとお父様は最大限、私の意を汲んでくださるわ」



ココの気遣わし気な視線からそっと目を外したところで、何故かお母様の侍女が慌てた様子で私の部屋にやってきた。



「失礼します、リディアーヌ様。国王陛下ご夫妻がお話があるそうなので、お支度が整い次第謁見の間へお願いいたします」

「あら…どうしたのかしら」



実の両親と言えども、相手は国王陛下夫妻だ。普段はどんなに急ぎでも朝に約束をしてその日の夕方にようやく時間を取っていただけるぐらいなのだが、もう晩餐も終えて就寝時間も近い。こんな時間に自室を出るなんて、夜会の時ぐらいだ。



「どうしてもリディアーヌ様に直接、急いで伝えなくてはいけないことがおありのようでして…」

「姫様、お召し替えをいたしましょう」

「えぇ、わかったわ。すぐに向かいますと伝えて頂戴」



侍女たちの鮮やかな手つきで、自室でくつろぐ用の簡易的なドレスから国王陛下に謁見するのに相応しい装いに着替える。



急ぎの話となると、物凄く良いことか物凄く悪いことのどちらかに違いない。
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