誰かの願いが届くとき 

sowaka

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未来からのラブレター

地獄の寝起き

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直輝の来る前、目が覚めた冬は隣でぐっすり眠る帆乃を見つけた。

 寝ぼけていて、まだ夢か現実かわからない。

 3日前に帆乃の名前を見つけてからというもの、半分は自分の幸せな夢の物語の中にいるようだと微笑んだ。

 帆乃は目をピッタリと閉じ、口を半分くらい開けたまま、右手の人差し指を唇に当てて、子供みたいに眠っている。

 そんな帆乃を起こしたくなくて、冬はそっとベッドを抜け出てトイレに向かうと、直輝が挙動不審で玄関に立っていた。

 直輝を適当にあしらって帰した後、さてどうしようかなと考えた。

 帆乃を起こしたくないが、映画制作のためのミーティングの時間が迫っている。

 大切な作品のために必要な人材と機材、様々な事を入念に打ち合わせして揃えなくてはいけない。

そのために皆んな集まってアイデアを出し合い、腹を割った一心同体の関係が大切だった。

 何故だかわからないけど、このプロジェクトは皆んなで楽しんで最高に良いものが出来るという確信があった。

冬自身がとても興奮して、高まるエネルギーを感じていた。

 冬は寝室に戻り、無心に眠る帆乃にそっと声をかけた。


「帆乃、、帆乃ちゃん、おはよう。

もう朝だよ」

 心地よい眠りから急に引き離され、不愉快な顔の帆乃は、見るからに機嫌が悪そうに言った。


「、、誰?」


冬は激しくショックを受けた。

帆乃は一晩眠ると記憶を無くす病気なのかと心配したが、彼女は他に何も言わず、そのまま布団で顔を隠し眠り続けている。

 これはマズイと思った冬は、もう一度優しく声をかける。


「帆乃ちゃん、今日から映画作りが始まるよ!

 だから、、」

 帆乃は、映画と言う言葉に反応して顔を出し薄く目を開けたが、また直ぐに閉じて眠ってしまう。

「、、帆乃、お願いだから起きて!

ね?」

 帆乃は眠りと覚醒に引っ張られてメチャクチャ機嫌が悪くなる。

「ヤダ~~!眠い~!寒い~!」

冬は慌てて暖房を付け、ぐずる帆乃をどうしたものかと悩んだあげく、帆乃を抱いてソファに連れて行こうとした。

「帆乃ちゃん、ほら抱っこするからソファに行こう。

そしたら目が覚めるよ!」

 うるさく聞こえてくる声に帆乃は観念して冬の首に捕まり、そのまま抱き抱えられ運ばれた。

 暫く帆乃を抱いたままソファに座っていたが、帆乃は全く目を覚ます気がない。

 このまま飽きるまでこうしていたいのは山々だけど、皆んなが待っているので、冬は帆乃に水を飲ませようとキッチンに向かった。


 ミネラルウォーターのコップを差し出された帆乃は

「わーん!冷たいー!」

 と言ってまた不機嫌になる。


 すっかり下僕と化した冬は、ごめんね!と謝り、今度は水を熱すぎない程度に温めてきた。

 それを受け取った帆乃はようやく目を開けて冬にもたれ、ゆっくり飲み始めたが、外の景色が見えないのに気がつく。

「、、カーテン開けて、、」

言われるままに、冬は外の様子が分かるよう、南向きの窓のカーテンを開いた。

 30分くらい帆乃は冬に甘えて窓に映る流れる雲や、葉っぱが落ちて裸の小枝に止まりにくる小鳥をただぼんやりと見ながら、ゆっくり覚醒していた。

 冬は帆乃にとって、この時間が必要なんだなとわかった。

 ずっと無言だったが、どうやら帆乃が周りの状況を理解し始めた頃と見計らって言った。

「そろそろ、用意して出かけようか?

 皆んな、映画のことで集まってるよ。

 帆乃ちゃん、大丈夫?」

 帆乃はコクンと頷いて、いきなり服を脱ぎ始めたので、冬は大慌てでカーテンを閉めて、自分も着替えるのにそこを離れた。


 こんな無防備では、絶対に帆乃をひとり暮らしさせられないと冬は実感する。

自分みたいに付け込んだヤツが、簡単に帆乃を取り込んで何するか、想像するだけで倒れそうだった。


一通りの用意を終えた2人は、呼んでいたタクシーに乗り込んで詩音奏舎の事務所に向かう。

帆乃はまだ眠たそうにしていたが、注文を出した。

「、、お腹空いた」


食べ物を用意してなかったと気がついた冬は、また焦った。

「ごめんね!

コンビニでいいかな?

何か食べるもの買おう!」


タクシーにコンビニへ寄ってもらい、ふたりはそそくさと中に入る。

帆乃は買うものは決まっているらしく、温かいほうじ茶と塩おにぎりにお赤飯、チョコレート、お味噌汁のカップをさっさと選んで自分で買い、あっという間にタクシーに戻って行く。

あまりの速さに冬は追いつけなくて、あたふたと自分の食べ物を買い追いかけた。

帆乃は早速チョコを口に放り込んでいる。

「、、いる?」

そう言って、冬の口にもチョコを入れようとする。

帆乃はゆっくりとチョコの味を確認しながら、車窓からボンヤリと外を見ている。

そんな彼女を見ながら、冬は朝の一連の流れに驚きつつも、自分は完全にお世話係失格だなと思い、このままだと見捨てられる気がしてきた時、タクシーは事務所のあるビルに到着した。




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