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イマジナリー
愛が満ちる時
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「冬が落ちた、、
裏に運べ!なるべく動かすな!
意識はあるか?
車!救急車呼べ!!」
慌てた舞台監督の指示が無線から聞こえる。
歌い終えた冬が突然何かを見つめ動き出したと思った瞬間、見ているモニターから姿が消えた。
思わぬ事態に見守っていた直輝は、言葉もなく冷や汗をびっしりかいた。
同時に客席から悲鳴が上がる。
舞台は暗転し、不安な観客がざわめき始めた。
同じく、連絡を聞いたバッシーは、毅然として指示を出す。
「山本さん、救急に連絡してください。
それから観客に落ち着くようアナウンスを。
着席して、休憩してもらって!」
冬が舞台袖に運ばれて来た。
顔面蒼白で、脚と胸を庇っている。
それを見たバッシーは、すぐさま冬に近づいて調べ始めた。
「頭を打ってるかもしれないから、動かないで!
出血はないみたい。
骨は?痛いとこはどこか言えますか?」
バッシーの問いかけに、冬は呆然としながら答える。
「、、ごめん。
大丈夫だから、早く舞台に戻して」
冬の様子を見た直輝は有無を言わさず告げた。
「何も考えないでいい、すぐに病院行くぞ!」
それを聞いた冬は、ガバッと起き上がり目の色を変えて叫んだ。
「いやだ!最後までやる!!」
突然の冬の反抗に、直輝は黙らせようとした。
「アホか!!
こんなんでやれるわけねーだろ!
いいから大人しくしてろ!!」
普段、怒ることなどない直輝は、冬に向かい初めて乱暴な言葉を使って怒鳴った。
負けじと冬も、直輝を睨んで怒鳴り返す。
「黙れ!!
このタヌキジジイ!!
うるさい、、
うるっさい!!!
ここでやんなかったら、2度と歌わねー!
キッパリ辞めてやる!!」
口を荒らす冬に直輝もそれ以上の迫力で怒鳴る。
「やかましいわ!!
上等じゃあ!!
この生意気なクソガキが!
辞めれるもんなら辞めてみろ!!」
アドレナリンが出まくって興奮状態のふたりを、周囲はシンとして見守っていたが、バッシーが割って入った。
「二人とも、冷静に!!
冬、今何してましたか?
ここはどこかわかりますか?」
「、、歌ってた。
ツアー最終日で舞台に立ってた」
少し落ち着いて、顔色が戻って来た冬が大人しく答える。
駆けつけていた松田も優しく聞く。
「冬、後何曲ある?
真っ直ぐ立てんじゃろ?
どうやって続けるんかの?」
「あと4曲。
ピアノに座って歌う。
踊れないから、お客さんに謝りたい」
冬はしっかりと即座に答えた。
「頭はしっかりしとるの、、
ナオキマン、どーするんじゃ?」
どーもこーもない。言語道断だ。
直輝の答えを察知した冬は、心から懇願した。
「直輝さん、お願いだから最後までやらせて欲しい。
何でもやりたいことさせてくれると約束したよね?」
直輝は信じられない気持ちで唖然とした。
今それをここで言うか?!
打ち所が悪ければ死んでいたかも、今も冬の身体はどうなのかわからないと言うのに、、
「全部、オレの責任だから。
オレは何もわかってなかった、、
何があっても、大丈夫だから、やらせて欲しい、、このまま終わらせたくない、、
お願い、、お願いします!」
冬は直輝に必死で訴える。
直輝は泣きそうになった。
何故、冬はこんなに必死で願うのだろう。
大人しい冬が直輝に、こんなに何かを望んだことは今までなかった。
出来るならやらせてやりたい。
ふと、カリフォルニアまで訪ねて行き、冬を必死でスカウトした事を思い出した。
自分の中の何かに突き動かされるように行動し、冬をもっと大きなステージに、もっともっとと進んで来たのが、そもそもの間違いだったのではないか。
それを敏感に感じ取った冬は、知らずのうちに直輝や周りの期待に応えるよう、自分を見失ってしまい、こんな事を言ってる。
絶対に舞台に戻すべきでないのは分かりきっている。
でも今の冬にはそれが届かない。
自分が中止と言えば、全て終わり、冬も諦めるだろう。
でも、冬の願いを封じることは、冬の魂を殺すことのように思え、苦しかった。
その時、who youを心配し、励ますかのような観客の手拍子と歌声が聞こえて来た。
それは次第に大きく広がって、大きな会場全体を満たし、舞台袖まで響き渡る。
ドーム中の空気が、大きな愛とその輝きで優しく満ち溢れる感覚だった。
それを聞いた冬と直輝は、何か見えない力に強く後押しされ、お互いにやるべき事を悟り、覚悟を決め、直輝は指示をだした。
「ヨシ!、、5分後に再開する。
監督、冬にピアノをセットして。
皆んな、すまない。
後の責任は全部俺が取る」
舞台監督は一言OKと言い、各部署に指示を出した。
直輝とスタッフが冬を支えて、暗い中、ピアノまで運んでいく。
途中、冬は目を閉じて、痛みを堪えるように何度も深呼吸している。
そんな冬をピアノ椅子に座らせた直輝は言った。
「冬、駄目なら直ぐに迎えに行くから。
お前がもういいと言うまで、やらせるから」
涙目の直輝を優しく見つめて冬は言った。
「本当にごめんなさい。
ありがとう、直輝さん、、」
冬のこの眼差しと言葉に、いつもやられて甘やかしてしまう自分を直輝はどうしようもないと諦めた。
暗い中、舞台にセットされたピアノに冬は戻り、深呼吸してから演奏を始める。
続けてバンドメンバーが音を鳴らす。
スポットライトが当たり、who youが歌い始めると、大歓声が上がった。
冬は、観客の一人ひとりにしっかり届くよう、自分の腹の底から力を出して集中した。
だが、肺に痛みが走り、高音とサビに声が震え、音を外す。
すぐさま、ピアノでメロディラインを奏でる。
1曲終えて2曲目が始まったが、声は掠れたままだった。
舞台袖で、震えながら身構えている直輝に、バッシーが
「肋骨を損傷してるかも知れません。
呼吸がちゃんと出来てない、、
まだ続けるんですか?」
「、、、、、」
「救急車と受け入れ病院は確保出来てます。
いつでも、、」
そう告げた後、バッシーも黙って見守った。
冷静に考えると、全てが狂気の沙汰だった。
演じる方も、それを許す方も、観ている側も。
しかし、皆が今この瞬間の全てを見逃すまいと全神経を集中し、それだけを感じ、味わっている一体感が最高の時を演出していた。
冬はゾーンに入ったのか痛みも忘れて、ありえない程の幸福感に満たされながら演じていた。
観客の応援はキラキラ輝いて、
冬を優しく包んでくれている。
そんな観客に、冬は身を委ねて寄り添うように演じ続けた。
夢の中のような4曲を演奏し終わると、who youは拍手喝采を浴びる中、ピアノに寄り掛かって立ち上がり、心配をかけたこと、来てくれた事に感謝を表し、深々と頭を下げた。
そして舞台は再び暗転した。
駆けつけた直輝は、冬がピアノの側で倒れているのを見つけた。
再び、泣きそうになるのを堪えながら、自分はどうなってもいいから、どうかこの馬鹿でふざけた子を助けてくださいと、運ばれていく冬の側で天に祈っていた。
裏に運べ!なるべく動かすな!
意識はあるか?
車!救急車呼べ!!」
慌てた舞台監督の指示が無線から聞こえる。
歌い終えた冬が突然何かを見つめ動き出したと思った瞬間、見ているモニターから姿が消えた。
思わぬ事態に見守っていた直輝は、言葉もなく冷や汗をびっしりかいた。
同時に客席から悲鳴が上がる。
舞台は暗転し、不安な観客がざわめき始めた。
同じく、連絡を聞いたバッシーは、毅然として指示を出す。
「山本さん、救急に連絡してください。
それから観客に落ち着くようアナウンスを。
着席して、休憩してもらって!」
冬が舞台袖に運ばれて来た。
顔面蒼白で、脚と胸を庇っている。
それを見たバッシーは、すぐさま冬に近づいて調べ始めた。
「頭を打ってるかもしれないから、動かないで!
出血はないみたい。
骨は?痛いとこはどこか言えますか?」
バッシーの問いかけに、冬は呆然としながら答える。
「、、ごめん。
大丈夫だから、早く舞台に戻して」
冬の様子を見た直輝は有無を言わさず告げた。
「何も考えないでいい、すぐに病院行くぞ!」
それを聞いた冬は、ガバッと起き上がり目の色を変えて叫んだ。
「いやだ!最後までやる!!」
突然の冬の反抗に、直輝は黙らせようとした。
「アホか!!
こんなんでやれるわけねーだろ!
いいから大人しくしてろ!!」
普段、怒ることなどない直輝は、冬に向かい初めて乱暴な言葉を使って怒鳴った。
負けじと冬も、直輝を睨んで怒鳴り返す。
「黙れ!!
このタヌキジジイ!!
うるさい、、
うるっさい!!!
ここでやんなかったら、2度と歌わねー!
キッパリ辞めてやる!!」
口を荒らす冬に直輝もそれ以上の迫力で怒鳴る。
「やかましいわ!!
上等じゃあ!!
この生意気なクソガキが!
辞めれるもんなら辞めてみろ!!」
アドレナリンが出まくって興奮状態のふたりを、周囲はシンとして見守っていたが、バッシーが割って入った。
「二人とも、冷静に!!
冬、今何してましたか?
ここはどこかわかりますか?」
「、、歌ってた。
ツアー最終日で舞台に立ってた」
少し落ち着いて、顔色が戻って来た冬が大人しく答える。
駆けつけていた松田も優しく聞く。
「冬、後何曲ある?
真っ直ぐ立てんじゃろ?
どうやって続けるんかの?」
「あと4曲。
ピアノに座って歌う。
踊れないから、お客さんに謝りたい」
冬はしっかりと即座に答えた。
「頭はしっかりしとるの、、
ナオキマン、どーするんじゃ?」
どーもこーもない。言語道断だ。
直輝の答えを察知した冬は、心から懇願した。
「直輝さん、お願いだから最後までやらせて欲しい。
何でもやりたいことさせてくれると約束したよね?」
直輝は信じられない気持ちで唖然とした。
今それをここで言うか?!
打ち所が悪ければ死んでいたかも、今も冬の身体はどうなのかわからないと言うのに、、
「全部、オレの責任だから。
オレは何もわかってなかった、、
何があっても、大丈夫だから、やらせて欲しい、、このまま終わらせたくない、、
お願い、、お願いします!」
冬は直輝に必死で訴える。
直輝は泣きそうになった。
何故、冬はこんなに必死で願うのだろう。
大人しい冬が直輝に、こんなに何かを望んだことは今までなかった。
出来るならやらせてやりたい。
ふと、カリフォルニアまで訪ねて行き、冬を必死でスカウトした事を思い出した。
自分の中の何かに突き動かされるように行動し、冬をもっと大きなステージに、もっともっとと進んで来たのが、そもそもの間違いだったのではないか。
それを敏感に感じ取った冬は、知らずのうちに直輝や周りの期待に応えるよう、自分を見失ってしまい、こんな事を言ってる。
絶対に舞台に戻すべきでないのは分かりきっている。
でも今の冬にはそれが届かない。
自分が中止と言えば、全て終わり、冬も諦めるだろう。
でも、冬の願いを封じることは、冬の魂を殺すことのように思え、苦しかった。
その時、who youを心配し、励ますかのような観客の手拍子と歌声が聞こえて来た。
それは次第に大きく広がって、大きな会場全体を満たし、舞台袖まで響き渡る。
ドーム中の空気が、大きな愛とその輝きで優しく満ち溢れる感覚だった。
それを聞いた冬と直輝は、何か見えない力に強く後押しされ、お互いにやるべき事を悟り、覚悟を決め、直輝は指示をだした。
「ヨシ!、、5分後に再開する。
監督、冬にピアノをセットして。
皆んな、すまない。
後の責任は全部俺が取る」
舞台監督は一言OKと言い、各部署に指示を出した。
直輝とスタッフが冬を支えて、暗い中、ピアノまで運んでいく。
途中、冬は目を閉じて、痛みを堪えるように何度も深呼吸している。
そんな冬をピアノ椅子に座らせた直輝は言った。
「冬、駄目なら直ぐに迎えに行くから。
お前がもういいと言うまで、やらせるから」
涙目の直輝を優しく見つめて冬は言った。
「本当にごめんなさい。
ありがとう、直輝さん、、」
冬のこの眼差しと言葉に、いつもやられて甘やかしてしまう自分を直輝はどうしようもないと諦めた。
暗い中、舞台にセットされたピアノに冬は戻り、深呼吸してから演奏を始める。
続けてバンドメンバーが音を鳴らす。
スポットライトが当たり、who youが歌い始めると、大歓声が上がった。
冬は、観客の一人ひとりにしっかり届くよう、自分の腹の底から力を出して集中した。
だが、肺に痛みが走り、高音とサビに声が震え、音を外す。
すぐさま、ピアノでメロディラインを奏でる。
1曲終えて2曲目が始まったが、声は掠れたままだった。
舞台袖で、震えながら身構えている直輝に、バッシーが
「肋骨を損傷してるかも知れません。
呼吸がちゃんと出来てない、、
まだ続けるんですか?」
「、、、、、」
「救急車と受け入れ病院は確保出来てます。
いつでも、、」
そう告げた後、バッシーも黙って見守った。
冷静に考えると、全てが狂気の沙汰だった。
演じる方も、それを許す方も、観ている側も。
しかし、皆が今この瞬間の全てを見逃すまいと全神経を集中し、それだけを感じ、味わっている一体感が最高の時を演出していた。
冬はゾーンに入ったのか痛みも忘れて、ありえない程の幸福感に満たされながら演じていた。
観客の応援はキラキラ輝いて、
冬を優しく包んでくれている。
そんな観客に、冬は身を委ねて寄り添うように演じ続けた。
夢の中のような4曲を演奏し終わると、who youは拍手喝采を浴びる中、ピアノに寄り掛かって立ち上がり、心配をかけたこと、来てくれた事に感謝を表し、深々と頭を下げた。
そして舞台は再び暗転した。
駆けつけた直輝は、冬がピアノの側で倒れているのを見つけた。
再び、泣きそうになるのを堪えながら、自分はどうなってもいいから、どうかこの馬鹿でふざけた子を助けてくださいと、運ばれていく冬の側で天に祈っていた。
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