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第二章
第十七話
しおりを挟むパーティー翌日、ザギトスをはじめ、ほとんどの国の賓客たちはそれぞれの国へと帰国した。
残っているのはわずか五国。
その内四国は海の遥か向こうの国のため、天候状況を見て近いうちに帰国する。
そして残りはミカエル。
事後処理のため、もうしばらく滞在する予定だ。
「絵里、話があるんだが……いいか?」
そんな時だった。
真剣な表情のロベルトに話を切り出されたのは。
――私何かした?
いつになく張り詰めた顔のロベルトに、絵里は不安になる。
連れてこられたこの場所は、絵里の原点。
絵里のスタート地点となったあの神殿。
――もしかして帰り方が分かったの? 帰れって言われる? やだ、帰りたくない……ロベルトと一緒に居たいよ……。
見る見るうちに涙がたまり、絵里の白い頬を幾筋か流れ落ちる。
仰天したのはロベルトだ。
「絵里? どうした? どこか痛いのか!?」
今日、絵里に告白するつもりで呼び出した。
あのパーティーでのザギトスとの様子に焦りを禁じ得なかった。
想いを受け入れてもらえても、受け入れてもらえなくても……。
自分一人の胸に収めておくには絵里のことを愛しすぎていた。
だが、絵里の涙を見て後悔する。
告白の流れが分かってしまったのかもしれない。
そしてそれが泣くほど嫌なのかもしれない……と。
だがその後悔は絵里の次の言葉で跡形もなく消え去った。
「わ、わたし、帰らないといけないんですか?」
「は?」
訳が分からないという風に首をかしげるロベルト。
その様子に絵里は少しだけ落ち着く。
「だってここ、私がこの世界に送られた場所ですよね。ここに連れてきたってことはここから元の世界に帰れってことじゃ……?」
「違う! すまない、そんな風に勘違いさせるつもりじゃなかったんだ。ただ、ここは思い出の場所だから。最初に剣を突き付けた俺に良い感情は持ってないと思うが、それでも俺には初めて絵里に出会った大切な場所だから。……絵里、愛している。この世界に来てくれて、俺に出会ってくれて本当に感謝している。そしてこの先叶うのならば、ずっと俺と一緒にいてほしい。誰よりも、何よりも大切にするから。だから、結婚してくれないか?」
――結婚!
結婚という言葉に衝撃を受けた。
いきなり結婚。
だけど。
――ロベルト以外の人と一緒になる未来を描けない。
――私以外の女と結婚するロベルトを見たくない。
そしてなにより、愛していると言ってもらえて嬉しかった。
大切にするというその言葉が胸に沁みた。
答えは多分、初めから一つしかなかったのだ。
「嬉しいです。私もロベルトさんの事、愛しています。私が過去を乗り越えられたのはロベルトさんのおかげです。そして誰かを愛するという心を私に教えてくれたのもロベルトさんです。元の世界でも、この世界でも、私はロベルトさんが一番好きです!」
そう言って、絵里は感情のままロベルトに抱き着いた。
「絵里、ありがとう」
その声は震えていて、絵里はロベルトを見上げた。
顔をくしゃくしゃにして喜ぶロベルトの顔がそこにあった。
共に過ごした中で一番不格好で、それでいてどんなに喜んでいるかがよく分かる顔だった。
――こんなにも喜んでくれる。
好きな人が同じだけの愛情を返してくれるその幸せ。
絵里は今、それを初めて実感した。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
絵里がロベルトにプロポーズされてから一週間後。
「この国に来て、ザギトス皇子、それに絵里様に出会って変わろうと思えました。国を背負って立つ自覚が生まれました。もう言い訳はしません。新しい時代を切り開いていきます。絵里様、僕と出会ってくれてありがとうございました。おかげで前を向いて生きていけます」
そう言ったミカエル王子は、それまでの浮世離れした雰囲気を消し去り、決意を秘めた眼差しで帰国した。
「お二人の結婚式にはぜひ呼んでくださいね」という何とも恥ずかしいセリフを残して。
すぐにでも結婚したかったロベルトと絵里だが、現実問題そう簡単にはいかない。
ロベルトは侯爵家の長男だ。
結婚式はそれなりの規模になるし、何より花嫁は異世界からの送り人。
まずは婚約期間を設け、その間に結婚の準備を進めようということになった。
ロベルトの父親も母親も優しく、何も持たない絵里を受け入れてくれた。
本当の娘のように扱ってくれる。
家族と愛する人。
ずっとずっと欲しかったものを絵里はようやく手に入れた。
「おはよう、ロベルト」
「おはよう、絵里」
今、二人は同棲している。
ロベルトは騎士寮から絵里の住まう城の一室へと移った。
朝起きてすぐに愛しい人の顔を見ることができる。
おはようの挨拶ができる。
絵里はとっても幸せだ。
【ロベルト視点】
絵里の安心しきったふにゃりとした寝顔を見つめ、ロベルトは幸せに浸る。
――婚約者。絵里は俺の婚約者!
起こさないようにそっと頭をなでると、無意識だろうが嬉しそうに頬を緩める彼女。
――なんて幸せなんだろうか。
しみじみとそう思った。
あの日、絵里にプロポーズした日、正直気持ちを受け入れてもらえるとは思っていなかった。
初めて絵里に出会ったあの神殿に行くと急に泣き出した絵里。
まさか元の世界に返すなどという勘違いをしているとは思わなかった。
絵里のことになると余裕がなくなる俺。
ザギトス皇子との親密な様子を見せられた俺は、絵里への想いを押さえておくことはできなかった。
年上なのに情けない。
だが、絵里はそんな俺の想いに応えてくれた。
俺のことを愛していると言ってくれた。
どんなに嬉しかったか。
きっと絵里は分かっていないだろう。
両親には散々からかわれ、だから会わせたくなかったのだと思いながらも、絵里が幸せそうだったから良しとした。
騎士団の連中には盛大な祝いの言葉を贈られた。
仕事上の付き合いしかしてこなかったが、わがことのように喜んでくれる連中が誇らしかった。
そんな風に思えるようになったのも、絵里のおかげだ。
――なあ、絵里。例え元の世界への帰還方法が見つかったとしても……俺は君を離さない、離せない。
こんなにも愛しているのに、離れるなんて選択、できるはずもない。
「愛してる」
普段恥ずかしくてなかなか言えないセリフ。
絵里が寝ているのをいいことに、ロベルトはこっそり囁く。
キスは……ロベルトにはまだハードルが高いようだ。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
――私も愛してる。
少し前から起きていた絵里は、ロベルトの言葉に胸がときめく。
どんな妄想をしている時より、どんなBLを目にした時より、ずっとずっとときめいた。
絵里の未来は明るい。
元の世界でのトラウマを乗り越え、愛すること、愛されることを恐れない。
来年の結婚式が楽しみだ。
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