33 / 43
第二章
第十二話
しおりを挟むあの日、絵里がロベルトに抱き着いて泣いた日から一週間が経った。
「おはよう、絵里。用意できたか?」
「はい! おはようございます。準備万端です!」
「それじゃあ行くか」
あの日以来、絵里とロベルトの毎朝の日課。
一緒に食堂で朝食を食べる事。
誘ってくれたのはロベルトだった。
「もしよかったらなんだが、明日から朝食を一緒に食べないか? 一人で食べるより誰かと食べたほうが美味いだろ?」
嬉しかった。
誰かと食べるご飯が美味しいことに、この世界に来て初めて知った。
朝食は一日を頑張るための大切なエネルギー。
そして、大切な人の顔を見て今日も一日頑張ろうと活を入れるための場でもある。
「美味しですね」
にへにへしながらパンを頬張る絵里。
そんな絵里をほほえましく思うロベルト。
――デロデロに甘やかしてやりたい。
かつての面影などもはやどこにもないほどロベルトの表情は満ち足りていて、それを目撃した周りの騎士たちも、今では慣れたもの。
いつからかそんな光景は日常になっていた。
この一週間、ロベルト達騎士団員は国宝盗難の調査に忙しく、絵里は最近疎かになっていた執筆を再開した。
あとからあとからアイディアが浮かび、ひたすら手を動かす毎日。
傑作の予感に一人ニヤニヤする。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
一方でロベルト達騎士団員はと言うと、今日ようやく事件の手掛かりをつかんだところだった。
事件発生からすでに一か月。
遅すぎるくらいだが、他国との関係上、事は慎重を期す必要があった。
「これは……本当なのか?」
疑ってはいたが、まさかという思いが浮かぶのを止められない。
一同を見回すと、ロベルトを取り囲む騎士たちも一様に驚愕と困惑の表情を浮かべている。
少数精鋭で調査に当たり、口が堅く優秀な彼ら。
そんな彼らをもってしてもこの結果には驚きを禁じ得ない。
「これは、この証言は誰が……?」
ロベルトの右腕であり副団長のマックスのセリフに、後ろから答える声があがった。
「私だよ。いや、私たちと言った方がいいかな?」
にこやかにそう言うのは、ここにいるはずのない人物で。
「ハリー王子!? それにザギトス皇子まで! どうしたんですか!」
団員たちは勿論、マックスとロベルトも驚く。
「私たちも捜査協力をと思ってね。その証言をしたのは私だよ」
悠然と進み出た王族二人組は、ひたりとロベルトを見つめる。
「ロベルト団長、できればあなたと私たち三人だけで話したいんだが」
お願いに見えてその実これは命令だ。
「……分かりました。それでは、こちらへ」
やって来たのは隣室。
しっかり扉を閉め、二人に向き直る。
「それで、お話とは何でしょうか」
「そう硬くならないで。絵里さんから君の話を聞いたんだ。ずいぶん信頼しているみたいだったから、私たちも君に協力してもらおうかと思って」
揺るぐことのないにこやかな笑みを浮かべたままのハリー王子。
じっとこちらを見つめて……見ようによっては睨んでくるザギトス皇子。
――絵里、君は何を言ったんだ……。
「さっきも言ったように、国宝窃盗の犯人は十中八九ハミン王子達の仕業だ」
「何故わかるのですか? もし間違っていたら国際問題ですよ。しっかり証拠をつかまなければ困るのはこちらです」
そう。
例え99.9%の確信があったとしても、それが100%でない限り追及は難しい。
「大丈夫。私はね、彼らの部屋に国宝があったのを見たんだ」
「どういうことですか?」
「ミカエル王子が招待してくれてね。それでせっかくだから一緒にお茶をしたんだ。ロナルドも一緒かと思ったらいなかったけど、でもその時部屋に盗まれた国宝が隠されているのを見つけてしまってね」
「そうだったんですか……」
「だが、動機はなんだ……? 何故奴らは友好国であるヴェリトスの国宝を盗む必要があったのか……」
ザギトスの疑問はもっともだ。
普通に考えて彼らがそんなことをする必要はない
「恐らくですが、ザギトス皇子が関連していると思われます」
あの時、絵里と共に話を聞いた時のロナルドの証言をロベルトは思い出す。
「どういうことだい?」
二組の視線がロベルトに集まった。
「ロナルド王子に話を聞いた時、彼はザギトス皇子を火事のあった厨房の近くで見かけたと言っていたんです。何故かはわかりませんが、彼はザギトス皇子を敵視しています。これは大いに関係あるかと」
「うーん……」
重苦しい沈黙がその場に落ちる。
それを破ったのはザギトスだ。
「やっぱりあれじゃないのか? ヴェリトス王国が俺に協力するっていうのが嫌だったんじゃねのかな。ミカエル王子の事はあんまり知らねえが、ロナルド王子はいかにも保守的でサザール憎しって感じだったろ。自分で盗んで俺に罪着せようって魂胆だったんだろう」
「……かもしれないね。すまない、俺がロナルドに話したばかりにこんなことになって……。彼ならわかってくれると思ったんだけどね……」
「わかりました。情報感謝します」
一礼したロベルトはそのまま退出しようとしたが、
「待って」
というハリーの呼びかけに踏み出しかけた足を戻す。
「実はもう一つ君と話したいことがあって」
「何ですか?」
「絵里さんから聞いただろう? 私たちの計画、君は賛成してくれるかい? 次期公爵の君は」
直立不動を崩さず、視線を逸らすことなくロベルトは答える。
「自分は簡単にはザギトス皇子を信用できません。ですが、ザギトス皇子の言葉に嘘がないのであれば……賛成したいと考えております。ただ、これは私個人の考えで、父がどう答えるかは分かりません」
どこまでも率直で、でもだからこそ信用できるその答え。
「そうか。……ありがとう。絵里さんが君を信用する理由が分かったよ」
再び一礼し、今度こそ部屋を出た彼はその後の二人のやり取りを知らない。
「ライバルは手強いよ」
「望むところだ」
からかうように言ったハリーの言葉に、ザギトスは不敵に返した。
10
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる