上 下
18 / 43
第一章

第十三話

しおりを挟む



 一方その頃、城の別の場所では。


「なかなか口を割りませんね……」

 城の地下付近の一室で、マックスがため息交じりにそう言った。

 マックスとロベルトは毒殺未遂事件の容疑者としてバッテンデル男爵を取り調べており、今日も今日とて彼は犯行を否認している。

 絵里に使った自白剤を使えればいいのだが、そういう訳にもいかないのが現状だ。

 自白剤は希少な材料から生成され、さらには作ることができる人も限られるレア中のレアな薬であり、使用許可が下りない。



「……本当に男爵が犯人なのだろうか」

 ロベルトがポツリと呟いた。

「どういうことです?」

 バッテンデル男爵が犯人だと考えているマックスはいぶかし気に聞き返す。

「いや、どうにも腑に落ちないような気がしてな……。何者かに背後から操られているような、そんな気がするのだ……」

 ロベルト自身も、自分の抱えるモヤモヤをうまく言葉に出来ない。

――ただ何となく納得できないんだよな……。


「まあ大丈夫ですよ。どうせ奴が犯人です。すぐに何かしらの証拠が見つかりますよ」

 マックスが元気づけるように言う。


 膠着状態のこの状況に、ロベルトもマックスもいい加減うんざりしていた。






 そんな中、

「大変です!」

 という焦りを含んだ声が二人に届く。

 一人の騎士が息を切らしながら駆け込んできた。


「どうした?」

即座に聞き返すロベルト。

 焦った部下の様子に、マックスの顔も険しい。


「絵里さんが……絵里さんが消えました!」


 ロベルトもマックスも一瞬息が止まった。

――絵里……。

 ロベルトの脳裏に能天気な彼女の顔が浮かぶ。


「護衛は? 護衛に就けてた奴はどうしましたか?」

 彼女が、絵里が、何も言わずに姿をくらますことなどありえないと知っている。

 自由気ままで、でも誰かに迷惑をかけるようなことは絶対にしないと知っている。


「護衛の奴も姿が見当たりません。というより疑いたくはないですが、奴が犯人かもしれません。俺、奴に言われて少しの間絵里さんの部屋の前から離れたんです。その後戻ったら絵里さんがいなくなってたので……」


――絵里……!



 護衛の奴が犯人だとして、何故絵里を攫ったのか。
 異世界からの送り人を攫うメリットは何か。
そんな大それたことをするなんて、黒幕は他にいるのか。
他国が絡んでいるのか。



 分からないことはたくさんある。

 だが、すぐに動かなければならない。

 彼女はこの国、世界にとって重要な存在なのだ。
 失う訳にはいかない。


――だが、それだけじゃない。そんなの建前に過ぎない。俺は……俺は、一人の女の子としての絵里を助けたい。ただ彼女が心配だ。あの能天気な笑顔を守りたい。


「すぐに調査を開始する。マックス、おまえの班は城で待機だ。この混乱に乗じて何かあったら対処してくれ。俺の班は消えた護衛の足取りを追うぞ。騎士たちにそう伝えてくれ」

 荒ぶる感情を抑えながら、知らせに来た騎士に伝言を頼むロベルト。

「……大丈夫ですか、団長」

 いつも以上に険しい顔のロベルトにマックスが問いかける。

――好きな子が攫われて、心穏やかじゃいられませんよね……。


「大丈夫だ。絵里は俺が必ず助ける。それより城の事は頼んだぞ」

 確かな信頼を宿した目を向けられ、マックスもロベルトを見返す。
その瞳にも信頼の光が宿っているーー彼なら必ず絵里を救い出してくれるという、確かな信頼が。


 お互い頷き合い、二人はは背を向けた。

 ロベルトは絵里の部屋へと。
 マックスは騎士団本部へと。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*





 絵里の部屋はなんだか物寂しかった。

 毎晩来ていた時は暖かくて、絵里がいて、絵里の笑顔があって、こんなにがらんとしていなかった。

――彼女がいないだけでこんなにも雰囲気が変わるのだな……。

 ロベルトは、胸にぽっかり穴が開いたかのような気持ちになる。


「犯人の痕跡がないか詳しく調べろ! おまえらは消えた護衛の部屋を調べろ!」

 気持ちを切り替えるように部下たちに命じる。


――絵里……。なぜ攫われた……。このタイミングで何故……。

 そう考えた時、ロベルトはハッとなった。

――このタイミング、だからか?

 思い出した、絵里の能力。

――だとしたら……。



 探しているものはすぐに見つかった。

 机の上に無造作に置かれていた。



『二人の騎士と陰謀の夜―今宵二人の絆が試される―』――絵里の本だ。



 部下たちが慌ただしく室内を捜索する中、ロベルトは一心に本のページに目を走らせる。

――きっとあるはずだ。


 できるだけ早く、だが決して読み飛ばしたりしないよう慎重に文章を目で追うロベルトは、程なくして自分の考えが間違っていなかったことを知る。


――やはりな。……フッ、さすが絵里だ。


「絵里はロッテンベル伯爵家にいる可能性が高い! 急いで行くぞ!」

 ロベルトの覇気に満ちた声に、部屋の中をくまなく捜索していた部下たちが疑問の声を上げる。

「団長! なぜ伯爵が絵里さんを誘拐するのですか?」

 彼らの疑問ももっともだ。

 絵里の能力を知らない彼らには、本を読んでいたロベルトがいきなり突拍子のないことを言ったようにしか思えないだろう。


「根拠はこれだ。大丈夫、絵里は必ずそこにいる」

 絵里の本を掲げたロベルトが自信たっぷりに明言した。



 疑問が解消されたわけではないが、団長が、尊敬するリーダーが自信満々にそう言うのだ。

 ロベルトが絵里を信じるように、騎士たちもロベルトを信じている。
 苦楽を共にした仲間を信じている。

「行きましょう!」

 団長に従う以外、選択肢など存在しない。





*~*~*~*~*~*~*~*~*~*






 騎士たちが去った絵里の部屋。

がらんとしたその空間には、ロベルトが読んでいた本がポツリと残された。



 その本は、絵里の最新作。

 キルアとオスカーをモデルにした小説で、あの夜会での事件についても少しアレンジを加えながら描写されている。


 キルアとオスカー改めルルーシュとマクシミアンの関係。

 事件当夜の出来事。

 疑われたルルーシュ。

 彼を信じるマクシミリアン。


 翻弄される二人の姿、そしてその波に負けない二人の愛がテーマの一冊だが、ロベルトが注目したのはそこではなかった。



 小説の中で描かれた事件の犯人。

 その正体を知りたかったのだ。
 そして知ることができた。



 もちろん名前は変えてあった。

 だが、その正体を知る決定的な描写をロベルトは見逃さなかった。




 “マクシミアンの……婚約者”



 登場人物も、事件の概要も、世界観もアレンジされていて、現実の出来事を参考にしているなんてまず分からない。

 だが、そう仮定したうえで読み進めれば、それぞれが指し示すことが何かを知ることは簡単だ。


 だからこそロベルトも分かった。



 そして、犯人も分かったのだろう。

 脛に傷持つ人間は、ちょっとほのめかされるだけで過剰反応する。


 絵里はただ物語を書いただけ。

 自分が事件の核心を突いたなんて思いもしない。


 だが犯人はそうは取らなかった。

 彼女の本を読んで、全て知られてしまったと思った。

 だから絵里を誘拐した。




 それが絵里誘拐の、いや、毒殺未遂からの一連の事件の真相だとロベルトは考えた。



 ミラー・ロッテンベルによる犯行だと。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。 仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。 突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。 我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。 ※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。 ※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

処理中です...