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第一章
第八話
しおりを挟む「いいか、くれぐれも変な行動は慎んでくれよ」
マックスに捜査協力を申し込んだ翌日、絵里はロベルトにくどくど注意されていた。
捜査協力は認めてもらえたが、どうにも心配なようだ。
――そんなに何度も言わなくても分かってるのに。私を何だと思ってるのよ!
絵里は内心ぷりぷりしているが、ロベルトの心配はもっともだろう。
奇声を上げ、一人ニヤニヤし、時たま鼻血を出す絵里。
心配するなという方が無理だ。
「じゃあ、行ってきます」
護衛と共に部屋を出る絵里。
――さあ、捜査開始よ!
やってきたのは使用人たちの控室。
ただ今、白薔薇園という、その名の通り白薔薇が美しい庭園でご婦人方がお茶会を楽しんでいる。
そのため彼女たちの使用人は控室で待機中だ。
「絵里さん、なぜ使用人たちの所へ? ご婦人たちから話を聞くのでは?」
絵里の護衛に就いた年若い男が疑問をぶつける。
「ご婦人たちにも話を聞きますが、まずはこっちです! 貴族の女性たちには会おうと思えば私ならいつでも会えますが、使用人となるとなかなか会えないので今がチャンスです」
そう言って、絵里は扉を開けた。
「こんにちは。おじゃましまーす」
ずかずかと入り込む絵里だったが、中にいる人たちは大慌てだ。
「異世界からの送り人様! ど、どうかなされましたか」
一番年上っぽい、白髪がきれいな人が絵里に応対してくれる。
――執事さんかな。
「実は私、小説を書いているんですけど、そのネタになりそうな話はないかなって聞きに来たんです」
――もしこの人たちの主人が毒を盛った場合、正直に話したりしないわよね。油断させてポロっと漏らすのを狙うしかないわ!
そう思い、しれっと嘘をつく絵里。
「きゃー! 絵里様があの『今宵俺はお前を攫う』の著者なんですねっ! 私大ファンですー」
「私も! 『いたずらな稽古』が特に好きです!」
私も私も! という声があちこちから聞こえ、絵里はまんざらでもない。
鼻がピクピクと得意げに動いている。
どうやら絵里の小説は城のメイドたちだけでなく、貴族に仕えるメイドたちにも人気なようだ。
使用人のネットワークはバカにできない。
「最近の面白い出来事とか、変わった出来事だとかあったら教えてください。あっ、男性同士に限らなくて大丈夫です。現実のいろんな出来事の中にときめきを見つけるのが私の仕事ですので」
どや顔で言う絵里に女性たちはあこがれと崇拝の眼差しを向ける。
男性たちは理解不能のようだが……。
「ここ一番の大きな出来事といったらやっぱりこの間の夜会の財務大臣毒殺未遂事件ですよ! 絵里様もあの夜会に参加してらしたんですよね? 犯人は彼に恨みがある奴だって専らの噂ですよ」
やはり最近起こった大きな出来事といったらあの毒殺未遂事件らしく、すんなり話題に上る。
「私がお仕えしている奥様は、法政大臣が怪しいって睨んでました。以前お城に来た時に二人がもめているのを見たそうです」
「えー、私の奥様は彼の部下じゃないかって。ほら、何人かはあのパーティーに出席してたじゃない」
最初は事件に関する情報で盛り上がったが、次第に雲行きが怪しくなる。
「財務大臣の部下といえば……。キルア様とオスカー様って絶対付き合ってますよね!」
「わかる! いっつも一緒にいて、距離近すぎるわよ。怪しいわ」
話題がそれるが、こんなにおいしい話に食いつかない絵里じゃない。
むしろ目を輝かせ、涎を垂らさんばかりの勢いだ。
「ちょっとその話詳しく!」
「ええ、もちろんです!」
「財務大臣の部下にキルア様とオスカー様という男性がいるんですが、いつ見ても二人一緒で、この前なんか仲睦まじげに昼食を食べさせあっていたんです!」
「お二人は貴族で、オスカー様には婚約者がいるんですが、正直あまり仲は良くないようで、オスカー様とキルア様の方がずっと親密なんです」
「もうこれは二人は秘密の恋人に違いないと思って、私たち、陰ながら応援しているんです!」
――素敵! ああ、私はこういう話を待ってたのよ!
事件調査のことなどすっかり忘れ、絵里は彼女たちの話に夢中になる。
盛大にときめいているのか、鼻のぴくぴくが止まらない。
絵里が見悶えている間も話は続き、どちらが受けでどちらが攻めかの話になる。
「絶対オスカー様が攻めよ! オスカー様の方が背が高いし、クールだもの」
「いいえ、攻めはキルア様! 可愛いわんこ攻めに萌えるのよ」
先ほどまでの盛り上がりが嘘のように一触即発な雰囲気となった。
ちなみにこの間、男性陣は所在無さげに隅の方で立っている。
「皆さん」
険悪な空気を破る絵里の声。
「受けと攻め、譲れない気持ちはわかります。ですがBLとは、いろんなシチュエーションを想像できるというのが一つの魅力です。どんなカップリングをするかは自由です。私たちは何者にも縛られません」
いっそ凛としてさえ聞こえる絵里の言葉に彼女たちは感動した。
「師匠! 私たちが間違っていました。精進します!」
「師匠、一生ついていきます!」
師匠―! と盛り上がる女性陣。
ただただ置いてきぼりの男性陣。
――絵里さん、当初の目的忘れてます……。
心の中で力なく突っ込む絵里の護衛。
結局お茶会が終わるまで、控室ではBL談義が繰り広げられた。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
その夜、絵里の部屋。
「何かわかったか?」
メイドたちが退出し二人きりになった部屋で、ロベルトが問う。
「もちろんです! もの凄いことが分かりましたよ」
キラキラした瞳で絵里は身を乗り出し、ロベルトはウッとなる。
二人きりの密室。手が触れるほどの距離にいる絵里。
最近は事件の調査で忙しく、久々にじっくり顔を合わせたせいだろうか。
ロベルトは絵里が可愛く見えてしまって内心動揺する。
――なんだ、この気持ちは。ドキドキふわふわするこの気持ちは!
だがそんなロベルトの様子にこれっぽっちも気づかない絵里はお構いなしに話を続ける。
「私、今日は貴族の家に仕えている使用人たちに話を聞いてきたんですが、大収穫でした!」
――なぜ使用人!? あの夜会に出席していた女性たちに話を聞くんじゃなかったのか!
てっきり貴族の女性たちから話を聞いてくるのだとばかり思っていたロベルトは混乱する。
「なんと、毒を盛られた財務大臣の部下の二人が……」
「怪しいのかっ!」
思わず絵里の話よ遮って声を上げてしまう。
事件解決か! と期待した……が。
「いえいえまさか! この二人、オスカーさんとキルアさんっていうんですが、付き合ってるんじゃないかって噂なんです。もうその話を聞いたらときめいちゃって!」
――……。
「いやいや、絵里の趣味の話は今どうでもいいんだ。毒殺未遂事件の手掛かりは掴んだのか?」
「えー! ロベルトさんつまらないです。こんなおいしい話にときめかないなんて」
ブーブー文句を言う絵里だったが、それでもようやく本題に入る。
「そっちはあんまり素敵な情報はありませんでしたけど……」
――素敵な情報ってなんだ!?
いつでも泰然としているロベルトだが、絵里には振り回されっぱなしだ。
「法政大臣か、財務大臣の部下が怪しいんじゃないかって話がでました。法政大臣と財務大臣は以前口論していたらしくて。部下の方は、不正する大臣に耐えられず殺そうとしたんじゃないかって」
やっとまともな話を聞けたロベルト。
「ふむ。法政大臣と部下……か。……そういえばオスカーとキルアもこの間の夜会にいたな」
独り言のつもりだったが、それを聞いた絵里は勢い良く反論する。
「ちょっと! その二人を疑ってるんじゃないですよね!? 二人はそんなことしません!」
根拠のない反論だが……。
「犯人は絶対法政大臣ですよ! いいですか、ロベルトさん。愛し合う二人の仲を裂くなんて非道な真似、絶対しないでくださいね!」
「……心配するな、証拠もなしに疑ったりしないぞ」
疑惑に満ちた絵里の視線を受け、ロベルトは密かに嘆息した。
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