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第一章
閑話
しおりを挟む夕刻――団長の執務室。
夕日が差し込む薄暗い室内で男が二人顔を突き合わせていた。
「ほんとに騎士団大浴場の管理人が犯人でした……」
マックスがロベルトに告げた。
彼の顔には苦笑いが浮かび、何やら疲れたような声音だ。
絵里の護衛に付いた者たちは、その日の様子を逐一団長に報告しており、マックスも例外ではない。
もちろん今日の絵里の推理(妄想)も報告し、その真偽を確認してきたところだ。
今まで半信半疑だったが、まさか絵里の妄想があたっていたとは……。
もちろん、犯人がマックスのことを好き云々は全くの事実無根だ。
だが、動機がかすりもしていないのに犯人を当てる彼女は、やはりただの変人ではないようだ。
「……いやはや、彼女には驚かされてばかりですね。男同士の恋愛を妄想して悦に入ったり、鼻血出したり、奇声を上げたり……。最初はただただおかしな娘だと思いましたが、彼女の妄想はときに真実を突いてくるのだから放ってはおけない。なのに本人はそのことに気づいていないんだから笑ってしまいますよ」
そう言うマックスの顔は真実穏やかだ。
おかしな行動をとる絵里が面白くて仕方がない。
真実を想像なんかで簡単に突き止める絵里に悔しさを感じるが、それ以上に彼女の才能とも呼べる妄想力に感服してしまう。
「俺は理解不能だがな。男同士の恋愛の何が楽しいんだか。だがまあ、悪い奴じゃないのは分かった」
あくまで真面目な調子を崩さないロベルト。
厳めしい顔つきで淡々と報告を聞いている。
真面目で堅物なロベルトが絵里と打ち解けるのは、どうやらもう少し先のようだ。
「彼女もここでの生活に慣れたようだし、そろそろ陛下が言っていたお披露目会をしないとな」
ロベルトの言葉にマックスは顔が引きつる。
――彼女が夜会に出る……だと?
想像しただけで面白……いや、恐ろしい。
「でも彼女、こちらのマナーなどは恐らく何も知りませんよ。もし夜会に出すなら相応の礼儀作法だけでも身に着けてもらわないと」
礼儀も何もなっていない彼女を紹介したところで、陛下だけでなく彼女自身も恥をかいてしまう。
――彼女がそんなことで恥をかくタマかどうかはさておき……。
「ならば早急に教師をつけなくてはな」
簡単に言ってのけるが、果たして彼女は受け入れるだろうか。
毎日好きなように過ごす彼女が自由を手放すとは思えない。
気持ちがいいほどの自由人ぶりなのだ。
そのことをマックスが主張すると、フム……と考え込むロベルト。
「よし、明日の護衛は俺がしよう。一度この目で彼女の人となりを確認したいしな。礼儀作法のことはその時俺が伝えるさ」
責任感が強く、一度決めたことは曲げない性格のロベルト。
そのことをよく知っているだけに、止めることができないマックス。
だが、この時マックスは嫌な予感がしていた。
――堅物団長と自由人すぎる彼女……うまくいく気が全くしない!
その予感は当たるのか、外れるのか。
絵里がこの世界にやってきた日以来初めて顔を合わせる彼ら。
どうなるのかは明日にならないと分からない。
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