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第十三話

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  結局、萌が雅也と別れたのは夕方になってからだった。
カフェで勉強を見てもらったり、公園を二人で散歩したりと、穏やかに過ごした萌。


 話を聞いてもらって、何気ない時間を共に過ごせたことがなぜだかたまらなく嬉しい。




 施設に帰ってからも、久々に集中して勉強に取り組むことができた。

月曜日、ちゃんと潤たちと話そうと決意して布団に入る。


 正直なところ、夜寝るのはまだ怖い。

暗闇の中必死に目を閉じていると着信音が鳴った。
なんとそれは雅也からだった。
――雅也からの初めての電話。


 驚きと緊張と、わずかな気恥ずかしさを感じながら電話に出る萌。

「もしもし」

「もしもし、もう寝てた? 起こしちゃったかな?」
優しい優しい声がする。


「大丈夫です、起きてました」
なんだかとっても恥ずかしい。


「萌が寝る前に声聞きたいと思って。大丈夫? ちゃんと寝れそう? もし怖いなら、俺が電話で萌が寝るまで話し相手になるよ」

 雅也の気遣いにあったかい気持ちになる萌。


 普段だったらもしかしたら断っていてかもしれない。
でも気づけば萌は、雅也の提案をありがたく受け入れていた。





「……ふふふ、……雅也さんと……雄星さん……ホント……仲が……いいです……ね」

萌がうとうとしながらしゃべる。


どれくらいしゃべっていたのだろうか。
気づけばもう半分夢の中だ。



「おやすみ、萌。いい夢を」

 雅也はそっとそう言うと、静かに電話を切った。
――願わくば、彼女に穏やかな夢が訪れんことを。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*




 月曜日、萌は緊張しながら教室に入った。
クラスの視線が気になるというのももちろんあるが、潤たちに話しかけようという気負いで顔が強張る。




 しかし、教室に入ると先週の出来事が嘘だったかのように、疑惑やぶしつけな好奇心、嘲りなどを含んだ視線が飛んでこない。

 遠巻きにはされているが、負の感情は伝わってこないのだ。




拍子抜けしたような、なんだかよく分からないような気持ちになる萌。


 鞄を置いて、もう既に教室にいる潤と春希と星華に挨拶しようと気持ちを固めたところへ、当人たちが何のためらいもなくおはようと言いに来てくれた。



「おっ、おはよう! あの、先週はよそよそしい態度とったり避けちゃったりしてごめんね」

「え、俺ら避けられてたの!? 気づかなかったー!」

おずおずと切り出した萌に、大げさなほど驚いて見せる春希。
気づかなかったと言っているが、萌にはそれが春希の優しさだと分かる。


「全然気にしなくていいよ、俺らはいつでも萌の味方だから。何かあったら遠慮なく相談してほしい」

「そうよ! 萌は頑張りすぎ。ちょっとは私たちに頼ってよ」

 潤と星華も優しい言葉をかけてくれる。



 何にも心配することはなかった。
三人はいつだって萌の味方だったのだ。

 信じないで、自分の世界にこもっていたことを申し訳なく思った。





*~*~*~*~*~*~*~*~*~*




全てのテストが終了し、萌は気になっていたことを潤たちに尋ねる。


「あの……さ。先週とクラスの雰囲気が違うんだけど、なんでか分かる? あと、新山さんテストなのにずっと学校来てないけど……なにかあったのかな?」


「ああ、新山さんは停学中だよ。萌の噂流したのは新山さんだったみたいで、悪質だから停学になったらしい」


「え、学校側が調査してくれたってこと……?」


「いや、学校がというより、確かな筋から証拠付きで告発があったらしいよ。確か桜道社っていう出版社。うちの学校に寄付してくれてる会社でもあるから、学校側も無視できなかったんじゃないかな」


 驚いた。
あの日、萌と別れてから雅也さんが何かしたのだろうか。


「ツイッターで情報流れて、クラスの奴も反省してるんじゃないかな。学校側が調査して、萌はやっぱり学費免除を優遇されてないって証明されたしね」



「そっか。教えてくれてありがとう」
微笑む萌。



 萌はお人よしじゃない。
明菜が停学になったのを可哀そうだとは思わないし、寧ろ少しの間でも会わないことにほっとしている。







 潤たちもほっとしていた。
先週の萌は見てられなかった。

 日々やつれていき、生気がなくなっていく萌。
クマも酷く、明らかに憔悴していた。

 担任も心配して何度か声をかけていたが、大丈夫というばかりで誰にも頼らず一人で抱え込んでいた萌。




 自分たちに何ができるか分からずヤキモキしていたところへの明菜の停学だ。



 まだ全快ではないが、萌の瞳はきちんと前を見据え、クマも薄れている。

 自分たちが真っ先に萌を救ったわけじゃないところが悔しいが、萌がもう一度笑ってくれるようになったことが本当に嬉しいのだ。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*




「雅也さん、私の学校になにか働きかけてくれましたよね? 噂が収まってて、噂流した人が停学になったんです。ありがとうございます!」


 あの日以来、夜になると雅也は毎日電話をかけ、萌もそれを楽しみにしている。


「いや、それは俺じゃないよ。俺にはそんな権力無いからね……。うちの会社が青藍高校に寄付してるのは知ってたから、萌の窮状を大泉さんに話したんだ。そしたらすげー怒って、即座に対処してくれたよ」



「そうなんですか! でも、雅也さんが伝えてくれなければ変わらなかったと思います。だから、本当にありがとうございます」
 心からの感謝を述べる。


「あの、大泉さんにお礼を渡そうと思うんですけど、もしよかったら今度の休みに一緒に選んでくれませんか?」

 誘うだけなのにドキドキする。


「もちろん! じゃあ、土曜日一緒に買いに行こうか! 楽しみだな。デートだね」

 こんな時、どう返したらいいのか分からない萌。


「! ありがとうございます! わ、私も楽しみです」
動揺したようにそう言うのがやっとだった。

 なぜだか、デートという言葉を否定したくなかった。




詳細を決めて電話を切ったとき、萌の顔は真っ赤になっていた。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*




 そして迎えた土曜日。
待ち合わせ場所に萌が着くと、雅也はもう既に来ていた。


「お待たせしてしまってすいません」

「いや、俺も今来たとこだよ。……萌ちゃん、可愛いね」

言われて、ポンと音を立てそうなほど真っ赤になる萌。


今日の萌は頑張ってオシャレしたのだ。
あまり服を持っていないが、スカートをはいて髪の毛もアレンジしてみた。


「……ありがとうございます。雅也さんも、かっこいいです」
恥ずかしくて声が小さくなる。


「ありがとう。じゃあ、行こうか」



「え……?」


 にこやかに差し出された手に疑問の声を上げる萌。


「手、つなごうよ」


「は、恥ずかしいです」


「俺はつなぎたいな。……それとも、俺と手をつなぐのは嫌?」
悲しそうな顔で見つめてくる雅也に、萌はズルいと思う。


「い、嫌じゃないです」

 おずおずと手を握った。






 雅也とのショッピングは楽しかった。
モール内のいろんな店を回り、萌はずーっと笑顔だった。


 楽しいときほど時間が経つのはあっという間で、気づけば空は群青色に染まっていた。

「今日はありがとうございました。おかげでプレゼントも買えたし、すごく楽しかったです!」
 弾んだ声で言う萌。


「それで、これ、よかったら貰ってください。この間と今日付き合ってもらったお礼です」


「えっ! いいの? 気を使わせちゃってごめん。でもすごく嬉しいよ。ありがとう」

 嬉しそうな雅也に萌はほっとした。
誰かにプレゼントを渡すなんて初めてで、喜んでくれるか、受け取ってくれるか不安だったのだ。


「実は俺も、萌ちゃんにプレゼント。今日めちゃめちゃ楽しかったから、そのお礼」

雅也が可愛くラッピングされた包みを差し出してきて、びっくりする萌。

「え……。あ、ありがとうございます! すっごく嬉しいです」

 予期せぬことに驚いたが、目をきらめかせて受け取った。



 少し前の萌なら、きっと遠慮して受け取らなかっただろう。
でも自分がプレゼントを渡したとき、受け取ってもらえなかったらと不安だった。
受け取ってもらえて、喜んでもらえて嬉しかった。


 だから、萌は素直に受け取った。
雅也には、素直になれた。






 その後、本当は一人で大泉の所へお礼を言いに行くつもりだったが、雅也が一緒に来てくれるというのでその言葉に甘えた萌。

 もう少し一緒にいたい気分だったのだ。
――お互いに。





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