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番外編第三話(ルーダ視点)
しおりを挟むがむしゃらに働く日々は瞬く間に過ぎ、ルーダがこの地へやって来てから早くも1年が過ぎた。
「僕は大きくなったら役人になる!」
「私は王都でお店を開くの」
「俺はこの村をもっともっと発展させるんだ!」
子供たちが瞳をきらめかせながら将来に夢をはせる光景を、1年前の村人たちは想像していなかった。いや、考えたことさえなかった。
だが、それが今ではどうだろう。
楽しみながら勉強する子供たちの笑顔が大人たちの心に火を灯し。
夢と希望と幸せに満ちた日常がここにある。
貧しくとも、国に忘れ去られようとも、誇りを失ってしまったとしても。
人は何度でも立ち上がれる――それを示してくれたのは、ルーダだった。
「ルーダさん、あなたのおかげでこの地に希望が宿り、笑顔が溢れるようになりました。私たちの未来が明るくなりました。あの子たちが夢を持つことがでたのは、あなたのおかです。本当に感謝しています。だから、今度は自分の幸せを考えてください。一度里帰りをしてはどうでしょう。会いたい人がいるのではないですか?」
そう言った村長の目をまっすぐに見返すことができないのは、図星をさされたから。
会いたくて、会いたくて。
それでもこの不純な想いを必死に押し込め続けてきた日々は、きっと経験豊かな彼にはお見通しだったのだろう。
ーー彼女に笑って欲しい。
ーー彼女を笑顔にしたい。
ーー彼女に幸せになって欲しい。
ーー彼の側で幸せになんてなってほしくない。
ーー彼女を、カティアを愛している。
ーー報われないこの想いが消えて欲しい、消してしまいたい。
それでも。かけがえのないこの感情は自分だけのものだから。
だから。
どんなに苦しくても、悲しくても、いっそ消えて欲しいと願っても。
それ以上に、カティアのことを考える一瞬一瞬が幸せで、宝物で。
会いに行きたいと願ってしまうこの気持ちに嘘はつけなかった。
王都を離れるときにはあれほど長く感じた道のりが、彼女に会えるかと思うとあっという間だった。
「ルーダ!」
いつかのように、親愛のこもった彼女の瞳が自分を直視してくる。
彼女と別れたのがまるで昨日のことのように、何一つ変わらぬカティアの姿がそこにあった。
「お久しぶりです、カティア様」
そう言った自分の声は、震えていなかっただろうか。
抱きしめようと伸ばしかけた己の手を、けれど必死で抑え込む。
彼女の隣に当たり前のように佇むレオナルドの姿が、過ぎ去った月日の長さをまざまざと知らしめた。
幸せになっていてほしいと願っていた。その願いに嘘はない。
けれど。
自分ではない男が彼女の側にいるのを見るだけで醜い嫉妬心にさいなまれることもまた、事実だった。
かつてはその瞳にカティアに対する興味は欠片もなかったレオナルド。
一人寂しく過ごす彼女を気にかけることすらしなかった彼は、しかし今では彼女への想いを隠しきれていない――いや、隠す気もないのだろうか。嫉妬交じりの視線がルーダに突き刺さる。
かつて彼女の心を踏みにじっておきながら、それでもなお彼女の隣にいる権利を得ている彼のことが心底気に食わない。どんなに願っても、どんなに彼女のことを想っていても、けして手に入れることの叶わない特別な場所。
それでも。
例えてが届かなくても、彼女の隣に誰かが居ようとも。
彼女を愛するこの気持ちは決して変わらない。
そして何より。
今の彼の隣でなら、彼女がまた傷つくことはないだろう。
だから。
彼女の笑顔を見れただけで、もう十分だ。
彼女の穏やかな表情を見れただけでここに来た意味があった。彼女に会えてよかった。
彼女がますます手の届かない、遠い存在になってしまった寂寥感を感じながらも、幸せになるであろう未来を想像して暖かな気持ちになったルーダ。
ここに来たことに意味はあった。
自分もいい加減前に進まなくては。
「ただいま」
笑顔で迎えてくれるこの村が、ルーダの帰るべき場所だった。
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