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番外編第二話(ルーダ視点)
しおりを挟む辺境の地での暮らしは思っていたよりもずっと大変だった。
王都から最も離れた辺境の地。
「忘れられた地」とも呼ばれるこの地での暮らしはどこまでも厳しく過酷で。
信仰で救われない現実を嫌というほど知っている彼ら住民が、王都から来たルーダを好意的に受け入れるはずはなかった。
子供も、女性も、お年寄りも、神官も。
誰もが平等に田畑を耕し、誰もが平等に質素な食事に感謝する。年齢も性別も立場も関係なくその日暮らしを送る彼らの間には一種独特の絆があった。
神に祈ることとっくの昔に諦めた彼ら。
初めてこの地の教会に足を踏み入れた時、その荒廃した様に驚いた。
朝日と共に行われるはずの礼拝は畑仕事に取って代わり。
神官でさえ、神への祈りを口にする者はいなかった。
「信仰とは、持つ者の余裕さ。わしらは何度も祈ったよ。病のたび、飢饉のたび、戦争のたび。だが、祈ったところで何も変わらなかった。誰も救いの手を差し伸べてはくれなかった。信仰で腹は膨れん。信仰で病は治らん。信仰で救われた者はこの地にはおらんよ」
毎朝一人静かに祈るルーダに村長が言った言葉。そしてその言葉に、ルーダは納得してしまうのだ。神官である自分が。神を信じ、神に祈り、神に己を捧げる立場の自分が、彼らの嘆きを、彼らの諦めを、彼らの慟哭を理解できてしまうのだ。
「知っています。神に祈ることさえできない現実を、私は知っています。空腹が満たされることのない毎日を。救いを求めて伸ばした手が無慈悲に踏みにじられる悲しみを。努力して努力して、人の何倍も頑張って、それでも認めてもらえない虚しさを。孤児だというだけで蔑まれ報われない現実を、私は知っています」
村長が驚きに目を見張るのが分かった。
「ならば、なぜ……」
答えは単純だ。
「それでもなお、私は神を信じたいのです。理不尽な思いをしたけれど、尊敬する先生に出会えました。可愛い子供たちに出会えました。……素敵な女性に出会えました。人との出会いに恵まれ、そしてそのことに感謝できる自分で居たいのです。だから私は神に祈ります。そうすれば、少しだけ。ほんの少しだけ、心が自由になるのです」
この想いが伝わったかは分からない。
だが、その日から幾人かが教会へと足を運ぶようになった。
そしてその人数は日に日に増え、いつしか毎朝の礼拝が彼らにとって日々の楽しみとなったのだった。
そうしてルーダが村の人々に受け入れられると、次に彼は子供たちに勉強を教えるようになった。もちろん最初は働き手がいなくなる分大人たちの反対にあった。だが、勉強の大切さ、勉強することで将来の仕事選びの幅が広がること、そしてなにより子供たちが学びたいと熱心に希望したことが大人たちの心を動かした。
「さぁ、今日の勉強を始めようか」
協会に集まった子供たちの瞳は一様に輝いている。今まで学ぶ機会を与えられず、生きるために働く毎日だった彼らにとって、ルーダとの勉強は本当に楽しく、生きる意味を見つけたかのようだった。
何のために生きるのか。そんなことさえ考えたことのなかった自分は孤児院の先生と出会って変われた。あの時の恩を、今度は自分がこの子たちに返す番なのだ。
――子供たちの未来が明るいものになるように。
――学びたい者が自由に学べる環境を作りたい。
――彼らに、笑顔を。
想いは沢山あるけれど、この勉強会はルーダにとって恩返しでもあるのだ。
今、自分の意思で自分の人生を生きていられるのは、間違いなく先生のおかげだから。
いつの日か。
差別なく自由に生きられる未来が来ることを願って。
自分ができることなんて微々たるものだけど。
それでも、その小さな一歩を踏み出さなければ世界は変わらない。
だからルーダは今日も勉強を教える。
期待の眼差しを向ける子供たちが、10年後、同じように笑っていられるように。
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