望まぬ結婚の、その後で 〜虐げられ続けた少女はそれでも己の人生を生きる〜

レモン🍋

文字の大きさ
上 下
22 / 30

第二十一話

しおりを挟む







「お久しぶりです、カティア様」

 その柔らかな声も。
 優しいまなざしも。
 記憶にあるままで。

――ああ、彼だ。

 少し日に焼けた彼の顔を見ただけで、カティアは深い安心感に包まれた。

――会いたかった。ずっとずっと。彼に会うことを目標に、何もかも頑張ってきた。彼との再会を胸に、ここまできた。


 感動の再会は、しかし。
 カティアの隣に佇むレオナルドの存在により、熱い抱擁を交わすまでには至らなかった。



「初めまして。ルーダ・トレダンスと申します。以前カティア様にダンスや教養の授業を行っていたのですが……レオナルド様とはお会いできませんでしたね」

 綺麗にお辞儀をしたルーダはレオナルドと握手を交わす。
 にこやかな二人だが、その内心はお互い穏やかではない。


 先日、カティアがルーダと会うことを話すと、自分もともに会うと言ったレオナルド。
 何を思っての行動かは分からないが、何となくピリついた雰囲気を感じ取ったカティアはまごつく。

 ちょうどそこへ、マリアがお茶の用意を持ってきた。どこか張り詰めていた空気が霧散し、カティアは一人ホッと胸を撫でおろす。

「このチョコレートケーキは私が作ったんです。もしよかったら食べてください」

 マリアが切り分けてくれたケーキをルーダに勧めるカティア。少しはにかんだ彼女が彼に寄せる信頼の厚さは誰の目にも明らかだった。



「会えてよかったです。お仕事はどうですか?」

「人手が足りないので仕事は大変ですが……でも、やることは変わりません。人の役に立ちたいという想いは全く変わっていません。それどころか、新しい目標ができました」

「目標、ですか?」

「はい。孤児だから、貴族ではないからといって差別されることのない未来を創りたい。あの子たちが理不尽に泣くことがない未来を。あの子たちが笑って好きなことをできる未来を。……それが私の目標です」

 思い浮かべるのは、無邪気に遊ぶ孤児院の子供たち。

 意志のこもった真っ直ぐな眼差し。淀みのない口調。
 あの日から、一回りも二回りも成長し逞しくなった友人の姿に胸が熱くなる。

――私も成長できただろうか。彼に恥じない私で在れているだろうか。

 過ぎ去った月日を思う。
 同じ時間。その時間をどれだけ有効に使うかは私たちの自由だ。自由だからこそ、苦しい。自由だからこそ、迷い、不安に思い、進む道が正しいか判断できない。

――彼の眼に、私はどう映っているのだろう。


 “他者から見た自分“
 それが気になったのは、生れて初めてだった。






*~*~*~*~*~*~*~*~






「彼は、すごいな」


 ルーダが帰った後、ポツリと呟いたレオナルド。

 孤児として生きてきた彼。きっと何度も理不尽な目に遭い、やるせない思いを抱え、それでも誰を恨むでもなく、誰を憎むでもなく自分を磨いてきたのだろう。

 誰よりも恵まれたレオナルドの人生は失敗と間違いの連続で。その上つい最近までそのことにさえ気づけていなかったレオナルド。

 きっとその違いが、彼女の信頼の違いなのだ。彼女の、愛の違いなのだ。


 彼女が彼を愛する気持ちが否応なく理解できたレオナルド。

 地位も名誉も、彼女の夫という立場も。
 何もかもあるのに、レオナルドの心には空虚さが広がった。

 生れて初めて求めたものは、愛する人の心。

――求めるものは、きっと手に入れられない。


 レオナルドは生れて初めて、欲しいものに手の届かない絶望を知った。








しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

欲しいものが手に入らないお話

奏穏朔良
恋愛
いつだって私が欲しいと望むものは手に入らなかった。

【完結】1王妃は、幸せになれる?

華蓮
恋愛
サウジランド王国のルーセント王太子とクレスタ王太子妃が政略結婚だった。 側妃は、学生の頃の付き合いのマリーン。 ルーセントとマリーンは、仲が良い。ひとりぼっちのクレスタ。 そこへ、隣国の皇太子が、視察にきた。 王太子妃の進み道は、王妃?それとも、、、、?

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。 ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。 程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが… 思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。 喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___  ※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)   異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

処理中です...