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第十七話
しおりを挟む期待していなかった。
信じてもいなかった。
それなのに、彼はそこにいた。
「どうして……」
夜、癒えない傷の痛みで目を覚ましたカティアは、ベッドわきに佇むレオナルドの存在に気づく。
沈痛な面持ちでカティアを見つめる彼。
カティアはどうしていいかわからなかった。
ただ身を強張らせ、まるで自分を守るかのように布団を引き寄せる。
無意識に震える手をぎゅっと握りこみ、それでも彼と視線を合わせることはできない。
怯えるカティアを見て、レオナルドは自分がしてきた仕打ちが彼女をどれほど傷つけ苦しめてきたかを思い知らされた。
「……大丈夫か?」
おずおずと問いかけるレオナルドの姿は、以前とは異なっていて。
侮蔑も、嫌悪も、軽蔑も。以前確かにそこにあった光は今はなく。
その瞳に宿るのは――溢れんばかりの後悔だった。
*~*~*~*~*~*~*~*~
「カティア様?」
心配そうなマリアの声に、カティアはハッと意識を戻す。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて。心配しないでください、傷はそれほど痛みませんから」
嘘だ。本当はとても痛い。
あの怪我から一か月、意識を取り戻してから2週間たった今でも傷は絶えずずきずきとした痛みをもたらし、眠れない夜もある。
それでも、心配してくれるマリアやセバスにこれ以上負担をかけたくなくて、カティアはわざと明るく振舞う。――何でもないふりをするのは得意だ。
アリアが部屋から出ていくのを確認し、カティアは溜息を吐く。
今、カティアの頭を占めるのはレオナルドのことばかり。
――一体どうしてしまったの?
お互いに干渉しないでうまくやっていければいいと思っていた。
この先静かに平穏な生活を送れればそれでいいと思っていた。
彼からの愛も、心配も、一かけらの関心さえも期待してはいなかった。――それなのに。
あの日から彼は変わった。
2週間前、カティアの意識が戻ったあの日から、レオナルドはカティアに酷く優しくなった。
毎晩必ずカティアの部屋を訪れる彼の瞳は真実心配そうで。
罪悪感で変わってしまった彼に感じるこの感情の名前が分からない。
胸が締め付けられ、額の傷がじくじくと痛む。
分かっているのは、カティアの存在が彼と彼女を引き裂いている、ただそれだけだった。
「すまなかった。謝って許されることではないことは分かっている。それでも、本当に申し訳なかった」
そう言って深く頭を下げた彼。
真摯に謝るレオナルドの姿が、誰か別の、知らない人間のようだった。
「……気にしないでください。私はこの家に来て、今までで一番幸せです。レオナルド様が気になさるようなことは何もありません。だから、これまで通りでいきましょう。それが一番の正解です」
それなのに、彼は変わった。変わってしまったのだ、カティアの傷のせいで。
きっとレオナルドは正義感が強い人なのだろう。だからこそ、罪悪感で苦しんでいるのだ。――自分が放っておいた間に妻が怪我をしたことに。自分が彼女を守った陰で、妻が消えない傷を負ったことに。
額の包帯をそっと撫でる。
「気にしなくていい」――そう何度も言ったのに、そのたびにレオナルドの瞳の中の罪悪感は一層濃くなるのだ。
窓の外を見ると、ちょうどレオナルドが帰宅したところだった。
――今日もまた、彼は私に縛られる。
モヤモヤしたこの感情の名は、一体何なのだろうか。
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