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第十一話
しおりを挟む「カティア様。あなたは、虐待されていたのですね? 侯爵家で、とてもつらい目に合われていたのですね?」
声を震わせながら尋ねるマリア。
――ああ。バレてしまった。
必死で気づかれないようにしていた。
身体に傷がある自分が恥ずかしかった。
愛されていない事実を人に知られることが酷く怖かった。
「……」
声がのどに詰まり、音にならない。
否定できない事実。
それでも。
認めるには勇気が必要だった。
そうして俯いていたカティアは、気づけばマリアに抱きしめられていた。
「申し訳ございません、カティア様。私はカティア様に対して酷い態度をとってしまいました。許されなくて当然です。許す必要はありません。それでも!! 申し訳ありませんでした」
マリアは泣いていた。
抱きしめられ、顔を見ることは叶わない。
でも、彼女が後悔し、そして自分のために泣いてくれているのがカティアには分かった。
「――もう、いいのです」
今まで、心細かった。
孤独だった。
訳も分からず嫌われて辛かった。悲しかった。
でも。
彼らは間違いを認め、そしてカティアを受け入れようとしてくれている。
その事実は、多少なりともカティアを救った。
元に戻るのを恐れるほどには、カティアにとって今の彼らとの関係は居心地のいいものなのだ。
「確かに辛かったです。でも皆さんは変わってくれました。だから、もういいのです」
思い、悩み、限界まで葛藤し。
そうして弱さを覆い隠す鎧が崩れてしまった今。
マリアも、セバスも、そして屋敷の使用人全員がカティアに謝罪し、今までの分までカティアを可愛がるようになった。
カティアに対し積極的に愛情表現をするようになった。
カティアの風邪は3日後には完全に治った。
その間、マリアが甲斐甲斐しく看病してくれ、セバスがちょくちょくお見舞いに来てくれ、コックが美味しいおかゆを作ってくれ、庭師が綺麗な花を持ってきてくれた。
こんなにも誰かに大切にされたことは初めての経験で。
風邪をひくことさえ許されなかったあの頃とは違うことを実感したカティア。
甘えることはまだ苦手だけれど。
それでも、彼らに対してもっと心を開いていこうと思えた。
――もう、恐れない。
レオナルド以外の屋敷の者全員がカティアの真実を知り。
そして噂が全くのでたらめであったことに気づいた彼らはカティアに謝罪した。
風邪を契機に、使用人とのきずなが深まったカティアであった。
「カティア様、刺繍をしてみませんか?」
すっかり復活したカティアに対し、ある日マリアが提案した。
庭を散歩したり読書をする以外やることがなく暇を持て余している彼女の様子を見ての提案だった。
「刺繍?」
「はい。ハンカチに何か好きな模様を縫ったり、ストールにワンポイント入れてみたり。きっと楽しいですよ」
服の繕い物はたくさんやったことがあるカティアだが、貴族の女性がやるような刺繍はやったことがない。
――なんだか楽しそう!!
わくわくしたカティアは、マリアの教えのもとで刺繍を始めるのだった。
「カティア様、お上手ですね!」
始めて2時間。
カティアの手元にはピンクや黄色の淡いバラの花束が刺繍されたハンカチがあり、お世辞抜きで初めてとは思えないほどの出来だった。
「実家で洋服の繕い物を沢山していたから針仕事には慣れているの。でもこっちのほうがずっと楽しいですね」
随所に滲む侯爵家でのカティアに対する待遇のひどさに、マリアは胸が痛くなる。
――こんなに素直で可愛らしいカティア様を虐待するなんて! 許せない!
自分が怒る資格がないことは十分わかっているマリア。
それでも、だからこそ、そう思わずにはいられなかった。
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