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第十話
しおりを挟む朝、まだうすぼんやりとした窓の外を眺めるカティア。
きっともう、ルーダは出発したことだろう。
もう王都に――あの孤児院にルーダはいないのだ。
胸がモヤモヤして、気持ち悪くて。
楽しかった日々が遠い昔のことのようにモノクロ画像となってカティアの脳裏をかすめていった。
日が昇り、窓から朝日が差し込むまで、カティアはずっと楽しかった日々を思い返していた。
生れて初めて味わった、幸せという名の日々を。
カティアがどんなに辛くても。
どんなに絶望していても。
それでも太陽は上り、一日が始まる。
「マリア、私はこんなに食べれません」
一人で食べるのが当たり前だった食事。
今はマリアが側で控えていてくれる。
――本当は一緒に食べたいけれど。
ルナの教えを思い出し、カティアは願いを押し込める。
使用人と一緒に食事をすることなどありえない。
それが貴族のマナーだ。
公爵家に嫁いできた当初、貴族らしくない振る舞いを蔑まれていたのをカティアは知っている。
なぜかはわからないが、せっかく彼らの態度が軟化したのだ。
――少しでも長く、この状態が続いてほしい。
ルーダがいなくなり、彼らの態度も元に戻ってしまったら。
あの孤独な日々には戻りたくなかった。
――夢から覚めるのは、もっとずっと後でいい。
野菜のうま味が凝縮された温かいスープにさくさくのパン。
ほわりとしたオムレツとジューシーなウインナーを食べ終え、カティアは「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
ルーダが王都を去ったということ以外、変わったことはない。
屋敷で過ごす日常に変わりはないはずなのに、カティアの目には世界が色を失ったかのように見えた。
心にぽっかりと穴が開き、そこを冷たい風が吹き抜けるような、そんな感覚。
気にしないように、普段通りに振舞っていたカティアだったが、心に溜まった淀みが溢れてしまったのだろうか。
「カティア様!!」
マリアと共に庭を散歩をしていたカティアは、目の前が真っ白になり、スッと血液が逆流するかのような感覚がして。
マリアの叫び声を聞いたのを最後に、フッと意識を失った。
後には。
倒れかけたカティアを支えるマリアと、ちょうどそばを通りかかった庭師だけが残された。
*~*~*~*~*~*~*~*~
――額に、何か冷たい感触がする。
――身体が、何かあたたかいものに包まれている。
様々な感覚が徐々に蘇り、カティアはゆっくりと目を開けた。
どうやらここはカティアの部屋のようで、いつの間にかベッドに寝かされていた。
「私……」
ベッドに手をつき、ゆっくりと起き上がる。
それと同時に膝の上に落ちたのは氷が入った袋だった。
溶けかけて水滴が浮かぶそれを脇に寄せる。
「カティア様! お気づきになったのですね!」
カティアが意識を取り戻したことに気が付いたマリアが急いでそばに寄ってくる。
「マリア……。私、散歩をしていたはずで……」
「散歩の途中でお倒れになったのです。慌ててここに運んで、お医者様に診ていただきました。ストレスによる発熱だそうです」
いたわるように優しく頭を撫でてくれるマリアの声は、わずかに滲んでいた。
「そう、熱が……」
まだぼんやりとする頭でマリアの言ったことを繰り返す。
繰り返し、ハッとした。
「マリア。あなた……。あなたは、お医者様の診察に立ち会ったのですか……?」
何かを恐れるように不安げに揺れる瞳を向けるカティア。
その”何か”を、マリアはもう知っていた。
「申し訳ございません。立ち合いました。カティア様がお聞きになりたいことも、多分分かります。……見てしましました」
その言葉で十分だった。
カティアの秘密をマリアが知ってしまったことは明らかだった。
「カティア様。あなたは……」
続けられた言葉に、カティアは力なく頷いた。
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