望まぬ結婚の、その後で 〜虐げられ続けた少女はそれでも己の人生を生きる〜

レモン🍋

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第六話

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 孤児院に到着し、馬車を下りたカティアは驚いた。

 孤児院というのは、さびれて暗い場所だと勝手に想像していたのだ。

 だが、実際はどうだろう。

 真っ赤な三角屋根。
 綺麗に整えられた庭。

 そして門の前には、カラフルな文字で”バーバ孤児院”と書かれた看板が立てられていて。

 柔らかな光の中でこじんまりと佇む孤児院からは、とても暖かい雰囲気を感じた。




 馬車の音が聞こえたのだろうか。
 院長らしき男性と数人の子供たち、そしてルーダが外に出てきた。

 カーテンが開け放たれた窓からは、さらに数人の子供たちがこちらを窺っている。


「カティア様! どうされましたか?」

 カティアに気づき、真っ先に駆け寄ってくるルーダの姿に、カティアは張り詰めていた糸がほぐれるのを感じた。

「突然申し訳ありません。ルーダとの勉強が楽しかったから……。私、友達もいなくて、寂しくて……」

 側にマリアがいることなど、カティアの頭からは吹き飛んでいた。

 自分でも、支離滅裂なことを言っているは分かっている。
 だが、止まらない。


 嫌われたくない。
 ただ、もう一度笑ってほしかった。
 大丈夫だよって言ってほしかった。


――いきなり会いに来て、気持ち悪いよね……。


 自然と視線は下に下がり、手の平をぎゅっと握りこむ。



 だがカティアの不安をとは裏腹に、頭上からは穏やかで優しい声が落ちる。

「私に会いに来てくれたんですね、ありがとうございます。もしよかったら、子供たちと一緒に遊びませんか?」

 どこまでも穏やかで、優しい声。
 そして思わぬ提案に、カティアは勢いよく頷いた。

「ぜひ、お願いします!」





「きゃー! カティア様足はやーい!」

「カティア様が鬼だ! みんな逃げろー!」


 温かな日差しの中、黄緑色の絨毯の上を子供たちと共に走り回るカティア。

 はじめてやった鬼ごっこは、カティアの胸を弾ませた。

 子供と一緒に本気で走る。
 笑顔の子供たちにつられて、カティアもいつの間にか笑っていた。

 屈託のない笑みを見せてくれる子供たちが可愛かった。
 純粋なまなざしを向けられて嬉しかった。
 そこには、ただキラキラとした喜びと尊敬の光が輝いていて。

 受け入れられていると感じることができた。



「お疲れ様です。子供たち、すごく喜んでいましたよ。一緒に遊んでいただいてありがとうございます」

 ひとしきり遊んだカティアは、室内でルーダと共に休憩中だ。

 子供たちは休みなく外で飛び回っており、あの小さな身体の一体どこにそんな体力があるのかと感心する。


「いえ、私も子供たちと過ごせてすごく楽しかったです。久々に笑うことができました」

 ほんとうに幸せそうに笑うカティア。
 彼女が子供たちを見るまなざしは柔らかく、優しい。 


「……大丈夫ですか?」

 マリアが側にいるため、迂闊なことは言えない。
 それでも、ルーダはカティアのことが心配だった。

 たった1か月で、ルーダは彼女の孤独を知った。
 あの家で彼女が置かれている状況を知った。

 そして今日、切羽詰まったようにやって来たカティア。
 心配せずにはいられなかった。


 そんなルーダの万感の思いを込めた問いに対し、カティアは微笑んで
「大丈夫ですよ」
とたった一言返した。


 視線はずっと庭で遊ぶ子供たちを眺めたままだった。






「すっかり長居してしまって申し訳ありません。そろそろ帰ります」


 楽しい時間程過ぎ去るのはあっという間だ。

 日が陰る頃、カティアは重い腰を上げた。

「えー! カティア様、もう帰っちゃうの?」

「やだ! もっと遊ぼうよー」

「まだ遊びたい!」

「帰っちゃヤダー。ずっとここにいてよー」


 口々にそう言って引き留めてくれる子供たちに、カティアの口元は緩む。

 嬉しかった。
 そしてカティアも、できればもっと遊びたかった。
 もっとここにいたかった。

 帰りたくなかった。


 けれどそれは許されない。


「また遊びに来ます。また遊んでくれますか?」


 ひざを折り子供たちに問いかけるカティアに対して、子供たちはいっせいに頷く。


 そんな子供たちににっこり笑いかけ、一人一人の頭を撫でるカティア。
 そして立ち上がった彼女は、最後にルーダを見つめる。

「また、来てもいいですか?」

 しっかり視線を合わせた彼は、
「もちろん。いつでも来てください」
そう言って、カティアの帰宅を見送った。




 馬車が見えなくなるまで、彼はずっと見送っていた。





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