望まぬ結婚の、その後で 〜虐げられ続けた少女はそれでも己の人生を生きる〜

レモン🍋

文字の大きさ
上 下
5 / 30

第四話

しおりを挟む






 カティアにとって初めての夜会。
 
 馬車の中ではお互い口を利かず、カティアはできるだけ相手を不快にしないよう俯いていた。

 到着するとレオナルドは儀礼的に腕を差し出し、カティアは触れるか触れないかの強さでそっと手を添える。
 初めて着た上品なドレスは、カティアの胸をときめかせるどころか憂鬱にした。

――高いお金を払わせてしまった。

 今日のドレスはレオナルドが用意したものだ。

「お前のドレスは趣味が悪い。用意したからこれを着ろ」

 そう言った時のレオナルドの冷たい視線が、迷惑だと告げていた。


――せめて、これ以上の迷惑はかけないように。


 ダンスの上達ぶりに太鼓判を押してくれたルーダの笑顔を思い出し、カティアは必死に足を速めた。





 会場は、豪華絢爛の一言に尽き、きらびやかなシャンデリアや大勢の人々に圧倒されるカティア。

 レオナルドは会場入りするやいなや、
「おとなしくしていろ。くれぐれも迷惑をかけるなよ」
と言い捨て、カティアを一人残し奥の方へと去っていった。



 あちこちでグループができ、小鳥がさえずるようにおしゃべりに花を咲かせる女性たち。

 カティアは彼女たちの輪に入って行けるはずもなく、ひっそりと壁に佇む。



 どれほどそうしていたのだろう。
 気づけば周囲のざわめきと共に、国王夫妻とその息子である王太子夫妻と第二王子が入場した。


「今宵は楽しんでいってくれ」
 国王陛下の挨拶と共に、楽団がワルツを奏で、人々はおしゃべりを楽しんだり、パートナーと共に踊り始めたりとめいめいに楽しみだす。


 そんな人々の姿を眺めながら、カティアは一人ぼんやりとしていた。


――ダンス、踊りたかったな。せっかくルーダに褒められたのに。



 カティアと同い年くらいの少女がパートナーの男性と楽し気に踊っている。

 無邪気に笑う少女と自分の、一体何が違うのだろう。

 心底幸せそうな彼女を、カティアは少しだけ羨ましく思った。






「あら、カティア。あなたこんなところにいたの」

 聞き慣れた声が耳に届き、カティアはびくりと肩をすくめる。

 俯けていた視線を上げると、そこには義母と義姉の姿が。


「お義母様、お義姉さま……」

 絞りだした声は、みっともなく震えていた。


「レオナルド様と一緒ではないのね。当然よね、あんたみたいなみすぼらしい子が妻だなんて。可哀そうだわ」

「ほんとよ。彼が愛しているのはカトリーナ様だもの。お飾りの妻だなんて、私なら耐えられないわ」

 口々にカティアを嘲り、嘲笑する二人。


 反論する術を持たないカティアは、ただ黙って耐えるしかなかった。

――だって、本当のことだもの。


 言われるまでもない。
 レオナルドは王太子夫妻が入場するとすぐに彼らの側へ行き、片時も離れない。

 彼らと――特に王太子妃カトリーナと――話すレオナルドの表情を一目見て、カティアはすぐに彼が彼女を愛していることに気づいた。

 自分に向けられることのない、確かな愛がそこにはあった。


 分かっていた。
 それでも、どう頑張っても愛されることのない未来をまざまざと見せつけられ、カティアの心は鈍くきしんだ。

 マナーも、ダンスも、教養も。
 頑張った全てが、今日、何の役にも立たない。
 そのことが、悔しくて悲しい。




 カティアに対して攻撃的な言葉を吐く義母と義姉の声を聞きながら、一際きらびやかな集団を見る。


 一度もこちらを顧みることのない彼の背中が、酷く遠かった。





 初めての夜会は、カティアに悲しみと諦めをもたらした。



 





 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

欲しいものが手に入らないお話

奏穏朔良
恋愛
いつだって私が欲しいと望むものは手に入らなかった。

【完結】1王妃は、幸せになれる?

華蓮
恋愛
サウジランド王国のルーセント王太子とクレスタ王太子妃が政略結婚だった。 側妃は、学生の頃の付き合いのマリーン。 ルーセントとマリーンは、仲が良い。ひとりぼっちのクレスタ。 そこへ、隣国の皇太子が、視察にきた。 王太子妃の進み道は、王妃?それとも、、、、?

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。 ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。 程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが… 思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。 喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___  ※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)   異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

処理中です...