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第二話
しおりを挟むカティアが公爵家へと嫁いで1か月が経った。
この1か月、カティアは数えるほどしかレオナルドの顔を見ておらず、それすら部屋の窓から遠目に見つめるだけ。
夫婦となったのにも関わらず、二人の仲は進展するどころか冷え切っていた。
「……はぁ」
誰もいない部屋で一人ため息をこぼすカティアは、今日もただぼんやりと窓の外を眺める。
誰もかれもがカティアに冷たく、冷めた食事をする以外はずっと部屋にこもり、ただひたすら身を縮める日々。
嫌われている自分。
嫌われる理由が分からず、かといって尋ねる勇気もない。
頼れる人は誰もおらず、実家にいた頃より断然ましだと己を鼓舞するのももう限界で。
孤独な日々は、着実に、そして確実にカティアの心を蝕んでいた。
一日中ぼんやりとしていたカティアだったが、気づけば窓から差し込むのは明るい日の光ではなく、薄暗い影になっていて。
窓にははっきりと己の姿が映り、夜のとばりが下りていたことを知る。
「ご飯……食べなくちゃ」
正直とっくの昔に食欲は無くなり、ただ機械的に味のしないモノを飲み込むだけとなっていたが、それでも心配をかけないようにと食事をすることは止めない。
――誰も、心配なんかしないだろうけど……。
自嘲の笑みと共に浮かんだ考えを、頭を振ることで振り払う。
重い腰を上げ、カティアは一人食卓へ向かった。
驚いたことに、食卓にはレオナルドがいて既に食事を始めていた。
目が合い、足がすくむ。
お互いが、お互いと会わないように気を付けていたはずなのに。
テーブルに近づくことができず、かといって引き返すこともできないカティアはただ立ち尽くすことしかできない。
そんな彼女にかけられたのは、
「いつまで突っ立ている。はやく席につけ」
という冷たい言葉。
――なぜ、私の食事の時間に彼がいるのだろう。
結婚から1か月。
カティアはこの日初めてレオナルドと食事を共にした。
レオナルドがいるからだろう。
この家に来て初めての豪華な食事は、しかしカティアの味覚には響かなかった。
緊張で呼吸が浅くなる。
マナーが分からないカティアはさりげなくレオナルドの真似をし、手が震えて食器が音を立てないようにグッと力をこめる。
「食事もまともにできないのか。まったく、おまえはとことん疫病神だな」
チラチラと向けられる視線に気づかないはずもなく、ぎこちなく食事をするカティアに呆れと侮蔑の視線を送るレオナルド。
恥ずかしさと、それだけでない、胸を突くような感情が沸き起こり、カティアは声もなく俯いた。
「1か月後、国王主催の夜会が開かれる。パートナーとしておまえも参加しろ」
告げられた言葉にカティアは呆然とする。
「夜会……」
今まで夜会どころかお茶会にさえ出たことのないカティア。
マナーを学ぶ機会も与えられなかった彼女は、嘲笑の的になる未来を想像し、身を震わせる。
「お前にまともな振る舞いができるとは思っていない。教師を付けるから、せめて恥をかかせないようにしてくれよ」
馬鹿にされ、蔑まれ。
けれど反論する術はない。
今のカティアには胸を張れるだけの知識も、教養も、何もないのだから。
そんなこと、カティア自身が一番分かっている。
悔しいほど、よく分かっている。
「わかりました。ありがとうございます」
頭をあげた時には、既にレオナルドはいなかった。
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