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第一話
しおりを挟む「俺には愛する人がいる。だからお前を愛することは決してない。妙な期待はするな」
カティアが公爵家へと嫁いできた日の夜、顔を合わせるなり言われた言葉がそれだった。
昼過ぎに到着したカティアを出迎えたのはわずかばかりの使用人で、館の主であるレオナルドはいなかった。
その時に気づけばよかった。
自分は歓迎されていないのだということに。
それでも。
期待したのだ。
愛される未来を。
希望を持ったのだ。
幸せになれるかもしれないと。
そのために自分は精一杯レオナルドに尽くそうと。
そう、決意したのに。
わずかな希望も。
わずかな期待も。
冷徹で、嫌悪に満ちた彼の視線の前にあっけなく崩れ去り。
残ったのは、悲しみと、絶望と、諦めで。
――私は決して愛されない
分かっていたはずの事実が、どうしようもなくカティアを追い詰めた。
言いたいことだけ言ったレオナルドはさっさと部屋を出て、呆然と取り残されたカティアは真っ暗な部屋の中、だだっ広いベッドで一人朝を迎えた。
「奥様、朝でございます」
ノックの音と共に入って来たのは年若いメイド。
実家では早朝に起きて朝食の支度や掃除をするのが当たり前だったカティアはとっくに起きており、そんな彼女の姿を見てメイドはわずかに目を見張った。
どぎつい黄色のドレスを身につけ、ちょこんとベッドに腰掛けるカティア。
義姉のおさがりのドレスしか持たされていないカティアは、趣味に合わない派手なそれを身につけるほかない。
だがそんな事情を知る由もないメイドは趣味の悪いドレスに眉をひそめた。
「おはようございます。本日より奥様のお世話をさせていただくマリアです。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をするマリアだが、その顔に笑みはなく、どこまでも事務的だ。
「マリアさん、よろしくお願いします」
ぎこちないながらも微笑んで頭を下げたカティアだったが、そんな彼女に対するマリアの返答はそっけなかった。
「敬称は不要です。私は使用人で、奥様はこの屋敷の女主人。頭も下げないでください」
虐げられ、人の感情――特に負の感情――に敏感な彼女が気づかないはずもない。
レオナルドだけでなく、誰からも受け入れられていない空気を感じ、彼女はそっとそれを受け入れた。
ただひそかに心にふたをした。
朝食の席にレオナルドは現れず、冷めたパンとスープを一人で食べる。
貴族の食事とは思えないが、それでもカティアにとってはご馳走だった。
――これならマナーを気にする必要もないし。
悪意や無関心にさらされて。
身体の芯が冷えていくような感覚に、気づかないふりをした。
やることがないカティアは、与えられた部屋で一人ぼうっと窓の外を眺める。
掃除も洗濯も、食事の支度も。
今のカティアはやる必要がない。
何も、やる必要がなかった。何も、やることがなかった。
流れゆく雲。
綺麗に整えられた庭。
鮮やかに咲く花々。
一歩外に出れば、きっとかぐわしい匂いに包まれ、あたたかな光が肌を照らすことだろう。
そう思うのに、足が動かない。
窓一枚を隔てただけの空間が、カティアにはまるで鳥かごのように感じられた。
燦燦と降り注ぐ明るい光に彩られた外。
人工的でどこか寒々しい部屋。
自由になれるはずだった小鳥は、大きな鳥かごに迷い込み、飛び立ち方を忘れてしまった。
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